廃線と廃車、近江鉄道が抱える2つの危機:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/5 ページ)
滋賀県の近江鉄道を訪ねた。琵琶湖の東岸地域に路線網を持ち、地元からは「ガチャコン」の愛称で親しまれているという。しかし、鉄道部門は長らく赤字、バス事業などの黒字で支えられてきた。その経営努力も限界を迎えつつある。
自治体に温度差、県の主導が必要
地域にとって鉄道が必要という判断があれば、公設民営方式で落ち着くだろう。しかし近江鉄道の場合、路線の距離合計が約60キロ、沿線自治体が10もある。全ての自治体が公設民営に同意できるか、という問題がある。記事によると、反応は見事にバラバラだ。東近江市は沿線距離が最も長く、米原、彦根、近江八幡へ出るための交通手段として鉄道は必要と考えている。貴生川駅周辺の甲賀市は「すでに補助金を負担している」と、これ以上の負担に慎重だ。甲賀市は市域内の信楽高原鐵道の維持で手いっぱいの感がある。米原市幹部も「バスで十分」とコメントしていた。
こうした自治体の温度差は、複数の自治体にまたがる鉄道路線では共通にみられる。幹線との接続駅を玄関とし、終点の駅を奥の間とし、鉄道を廊下に例えれば、玄関側は奥の間に行かなくても困らないから廊下は重要ではない。しかし、奥の間側は玄関への廊下がなくなれば孤立してしまう。
今後、10の自治体の意思をまとめていく役目は、上位組織の滋賀県である。2月26日の京都新聞電子版「近江鉄道の今後、滋賀県が検討 BRTなど代替手段も想定」によると、滋賀県知事は県議会の一般質問で「地域にとっては不可欠な路線。県としてしっかり検討する」と発言した。近江鉄道と滋賀県、沿線10の自治体は、17年から勉強会を発足させて、近江鉄道の経営状態を共有してきたという。
また、近江鉄道は「びわこ京阪奈線」構想を構成する路線であり、国と県と自治体は1998年から近江鉄道の線路設備の整備を支援してきた。前述の甲賀市の「すでに補助金を負担している」はこれを指すと思われる。
びわこ京阪奈線は、近江鉄道の本線と信楽高原鐵道を直通運転とし、信楽鉄道の信楽駅から京都府の京田辺駅まで新線を建設する構想だ。京田辺駅はJR西日本の片町線の駅で、付近には近畿日本鉄道京都線の新田辺駅がある。新線区間は国道307号線に並行するルートになると思われるけれども、いまだ構想段階で進展はない。滋賀県が本気でびわこ京阪奈線に取り組むつもりなら、近江鉄道の本線を失うわけにはいかない。
そうはいっても、びわこ京阪奈線の主な受益者は誰か不明確だし、いつ実現するか分からない構想路線のために、赤字路線を支え続ける体力は沿線自治体にはないだろう。近江鉄道の存続問題をきっかけに、びわこ京阪奈線の価値も再確認する必要がありそうだ。
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