転職が増えないと、社会のAI化は進まない?:“いま”が分かるビジネス塾(3/3 ページ)
AI化が進むと人間の仕事の多くが失われるという話は社会の共通認識となりつつある。しかし、現在の労働市場のままでは、AI化そのものがスムーズに進まない可能性もあるのだ。
転職が当たり前にならないとイノベーションは進まない
現在、AI関連の人材は極端に不足しており、年俸もうなぎ上りと言われる。中途採用といってもそう簡単ではないという現状を見据えた上での方策と考えられる。だが、理由はそれだけではないかもしれない。
高額年俸で中途社員を採用すると、年功序列の賃金体系が崩れてしまう可能性があり、こうした変化を好まない社員は多い。実は経営陣にも似たような心理メカニズムが作用する可能性もある。
年功序列の賃金体系を維持し、新入社員をAI人材として教育すれば総人件費を下げることができる。経営陣にとっては、その分だけ、AI化によって獲得しなければならない期待収益が下がるので、経営上のプレッシャーから開放される。
AIのスキルを持った社員を採用するためには高額の年俸が必要であり、当然、事業の期待収益も高くならざるを得ない。ダイキンがそうなるとは限らないが、人材をコストの安い既存社員だけに限定にしてしまうと、最初から負けのゲームになるリスクが生じてしまうのだ。
どのような人材を使うのかは企業の戦略なので、一概に善しあしは言えない。だが、流動性がないことを大前提とする人事戦略と、革新的イノベーションの相性が良くないことだけは確かだろう。
日本は今後、長期にわたって人手不足が続く可能性が高く、経済水準を維持するためには、AI化は避けて通れない課題である。だが、AI化の効果を最大限、発揮するためには、雇用市場がもっと流動的になる必要がある。
何度か転職をすることが当たり前の社会になれば、数多くの知見が複数の業界で共有され、最適な人材マッチングが実施できるようになるだろう。その方が、結果的には多くのビジネスパーソンにとってメリットとなるはずだ。
加谷珪一(かや けいいち/経済評論家)
仙台市生まれ。東北大学工学部原子核工学科卒業後、日経BP社に記者として入社。
野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当。独立後は、中央省庁や政府系金融機関など対するコンサルティング業務に従事。現在は、経済、金融、ビジネス、ITなど多方面の分野で執筆活動を行っている。
著書に「AI時代に生き残る企業、淘汰される企業」(宝島社)、「お金持ちはなぜ「教養」を必死に学ぶのか」(朝日新聞出版)、「お金持ちの教科書」(CCCメディアハウス)、「億万長者の情報整理術」(朝日新聞出版)などがある。
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