フランスの高級車復活に挑むDS7クロスバック:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
戦後のフランスでは高級車のマーケットが激減。その結果、大衆車をメインとするメーカーだけが残った。2014年に設立したDSオートモビルズは、シトロエンの上位ブランドとしてフランスの高級車復活に挑んでいるというが……。
出来は良くない
今回、筆者は20インチのディーゼルとガソリン、18インチのディーゼルに試乗した。メカニズムとしてはSo ChicとGran Chickの上下2グレードで、So Chickは18インチ、Gran Chickは20インチのホイールを与えられる。エンジンは両グレードにディーゼルがあり、上級グレードのGran Chickのみガソリンユニットがチョイスできる。要するに安いほうはディーゼルのみ、高いほうはディーゼルとガソリンが選べる。
これと組み合わされるトリムがバスチーユ、リボリ、オペラの3種で、安いSo Chicのトリムはバスチーユ。シートがファブリックで、インテリアのキモであるメインスイッチオンでクルリと裏返って登場するギミック式のアナログ時計が付かない。
高いほうのGran Chickでは、標準トリムがリボリとなり、インテリアが充実するとともにステッチで飾られた皮シートになる。最上級トリムのオペラではシートの皮がナッパレザーになり、時計のベルトをイメージしたブロックパターンの専用デザインが与えられる。
エクステリアより手が込んだインテリア。決して洗練されているとは言い難いが、これだけ多くの要素を入れ込みながらギリギリでバランスが取れているのはある意味すごい。ダッシュボード上部に見えるアナログ時計はメインスイッチをオンにするとグルリと裏返って出てくるギミック
割り振られたクルマに乗ろうとすると、目の前をかなりけたたましい音を立ててディーゼルユニットを搭載したDS7が通り過ぎた。今時なかなか聞けないほどトラックっぽい音だ。早くからディーゼルと馴染んだ欧州では、多分こういうディーゼル然とした音に忌避感がないのだろう。マツダあたりのディーゼルと比べるとちょっと驚く。
一度室内に収まってしまうと、ディーゼルユニットでも懸念されるほどうるさくはない。音の発生は防止できていないが、遮音技術はそれなりに発達している様子だ。正直なところ20インチモデルはディーゼルに乗ってもガソリンに乗ってもあまり良いと思わなかった。
そもそもPSAのクルマの多くは、右ハンドル化がちゃんとできていない。ペダルのオフセットはあるし、もっと問題なのはブレーキのマスターシリンダーが左ハンドル用の位置にあり、それを右から無理やり操作しているので、ブレーキフィールがお粗末であることが多い。とはいえ、右ハンドルの生産台数が設計変更を許容できるほどあるのかという話になれば、まあ間に合わせで良しとする判断は経営的には正しいのだろう。昔のように嫌なら左ハンドルをチョイスしろという時代でもない以上、消費者としては、PSAのクルマを避けるか、我慢するかしか答えはない。あるいはダメ元で文句を言い続けるか。
発進の瞬間トルク伝達のショックがあるし、ブレーキも踏んでいるとどんどん締まっていってしまう。かっくん感が残っている。またシャシーもタイヤの能力に対してギリギリ。足りていないとは思わないが余裕は感じられない。ステアリングコラムの支持剛性も最新水準には届いていない。ここ1、2年のCセグメントSUVの進歩についていってない感じがありありとするのだ。
試乗から戻って、広報担当に問われるままに感想を正直に言ったら「18インチは乗られました?」とのこと。そのままもう一度クルマに連れて行かれて18インチに乗った。これが驚いたことに20インチとは全然違ってごく普通。パワートレーンは同じなのに、発進のショックもなければブレーキの不自然さも少ない。シャシーの能力不足も感じない。タイヤとホイールの慣性重量と銘柄でそれだけの差がついているとしか考えられない。
ただ、ステアリングの支持剛性は変わらなかった。全体としては素晴らしいクルマだとは言わないがあまり不満もない普通のレベルに仕上がっていた。参考までに235/45R20はグッドイヤーF1、235/55R18はミシュラン・ラチチュード。18インチが良かった理由の中でタイヤのおかげはそれなりに大きいだろう。
さて問題である。DS7クロスバックの中では、クルマとしての出来は、一番安いSo Chickのバスチーユが最も良い。実はシートも布のほうが良かった。問題はCセグメントSUVの中でDS7クロスバックをわざわざ選ぶ価値がどこにあるのかを考えると話が変わってくる点だ。かぶいたデザインや、こけおどし感のある時計のギミックや、ぜい沢でエキゾチックな見た目の革シートのデザインを抜きにして、DS7という商品が成立するかと考えると難しい。
クルマとしての出来はSo Chickのバスチーユが一番良いと言っても、それが同じセグメントのボルボXC40や、マツダのCX-5と戦えるレベルにあるわけではない。価格の話まで入れれば、DS7クロスバックは469万円から562万円。同じディーゼルのグレードで比べれば、XC40は364万円、CX-5は281万円からである。
少なくとも2018年の今、DSオートモビルズの製品は性能ベースで選ぶことは難しい。そんな細かいことは一切気にせずに「いいじゃんコレ、デザインが好きだよ」とチョイスすべきクルマである。そういう意味ではDSは敵を知り己を知っていたというべきだろう。だからいろいろとダメなのを承知で上級トリムを選ぶべきと筆者は思う。何ならうるさいディーゼルエンジンをエキゾチックであると評価して「これがパリのエスプリ」くらいうそぶいてしまえば良いと思う。逆に言えばそう思えない人が手を出すクルマではない。
DSオートモビルズの未来を考えると、やはりアライアンスを強化するしかない。そのブランドの立ち位置からいって、DS7クロスバックはあくまでも暫定フラッグシップであって、より上位のクルマが必要だ。そうでなければDSオートモビルズの存在意義がない。Cセグ程度ならシトロエン・ブランドでやれば済むことだ。しかし、どう考えてもコスト的に上位シャシーを独自開発することは不可能だから、Lセグのシャシーを持っている他社とのアライアンスによってそれを手に入れていくしかない。DSブランドの戦いはまだ先が長い。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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