なぜ働き方改革はうまく進まないのか:働き手の心理から探る(5/5 ページ)
国を挙げて日本が取り組んでいる働き方改革。しかし、8割を超えるビジネスパーソンが働き方改革を実感していないというデータがある。これが日本の働き方改革の現状ではないだろうか。では、なぜ働き方改革はうまく進まないのか?
(2)特効薬はないことを知る
そして、特効薬が存在しないということをしっかり認識しなくてはなりません。変革のプロセスはコッター教授の表現した通り8段階あるわけで、一朝一夕に対処できるものではないからです。
千葉県松戸市にある大人気のベーカリーZopfのオーナーシェフである伊原さんは、ヒット商品であるカレーパンが売れる秘けつを知るため同業者が見学に来るようですが、その時の心理を以下のように語っています。
伊原:あくまで持論ですが、人が何か答えを求めて他者を訪ねる時って、おそらく「魔法みたいな方法」があると思っているんですよね。そして、その「魔法」というフレーズには、「簡単に」とか「楽に」というニュアンスが、無意識的に引っついていることが多い。「魔法」を求めてやってくる同業者に、僕らが提供できる答えはひとつだけで……それは「頑張る」。1回揚げただけで、50回揚げたように見せる技なんてない。だから、頑張って50回揚げるんです。
変革の本質は実にシンプルでありながらも、その本質的な価値を獲得するためには、「できるはずはない」という固定観念を外して追求することが重要であることがよくわかります。
また、前述のロバート・キーガン教授も、改善のステップとして表現しているのは実に地道です。目標を定めて、その阻害行動を徹底的に洗い出し、その裏に潜む不安や恐怖を明らかにしながら対処する。そのプロセスを通じて、組織と個人の改善目標が影響し合って高まっていくわけで、やはり特効薬のような魔法があるわけではありません。
私たちの経験から言うと、組織がほとんど解決不能に見える課題を解決するための最も強力な土台は、次の二種類の活動を統合することによって築かれる。一つは、グループ全体が、グループとしての改善目標を一つ選び、それを妨げている免疫システムの全容を描き出そうとする活動。もう一つは、メンバーの一人ひとりが、グループの改善目標と関わりのある個人レベルの改善目標を追究する活動だ。
―「なぜ人と組織は変われないのか」(P396)
(3)挑戦を支えるセーフティネットの重要性
そして、そうした新たな成功体験の蓄積を生むためのさまざまな挑戦を容認し、支えるためのセーフティネットの存在は欠かせないでしょう。失敗のリスクばかりが注目される組織風土においては、変革の意欲が摘まれていってしまう。挑戦をしていてピンチに陥った時に、救済の仕組みがあるかどうか。
ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズの白川さんが語った以下の内容は以前から何度も引用しています。このセーフティネットの存在自体が、主体性や挑戦を支え、変革の実現に大きく寄与しているのだと思います。
白川:そうですね。急に新しい業務を「ひとりでやり切れ」なんて言われてしまうと、楽しさよりプレッシャーが勝ってしまう。「主体性を尊重する」ことと「責任を負わせる」ことは、似ているようで根本的に違います。「ピンチの時に手を挙げられる」といった救済の仕組みがないのに、責任だけ背負わされたら、逃げたくなってしまうのは当然のことです。そこには、挑戦を支えるセーフティーネットの整備が必要になってきます。
(参照記事:主体性あるチャレンジを支える組織のセーフティネット)
働き方改革の議論は依然として花盛りであり、明確な結果を出す成功事例となる企業は今後ますます増えていくことでしょう。働き方を改革しなかったとしても今日、明日直接何かに困るというような状況に陥ることはないでしょうが、一足早く変革を実現した企業や組織・個人との差は数年単位で歴然としたものとなって表れるはずです。
働き方を改革することが必要なのであれば、なぜ今その必要性があるのかの危機意識を組織として共有し、その変革を阻む要因に対して個人と組織が手を組んで対処していく。今の働き方改革には、こういった議論が必要なのだと思います。
<参考>
・一般社団法人日本能率協会「第8回ビジネスパーソン1000人調査(働き方改革編)(2017年12月)」
・Robert Kegan,Lisa Laskow Lahey(池村千秋訳『なぜ人と組織は変われないのか―ハーバード流 自己変革の理論と実践』英知出版、2013年)
・John P.Kotter(梅津祐良訳『企業変革力』日経BP社、2002年)
・John P.Kotter(村井 章子訳『企業変革の核心』日経BP社、2009年)
著者プロフィール
株式会社オカムラ はたらくの未来研究所 所長・WORKMILLプロジェクトリーダー・エバンジェリスト
中学校卒業まで南米ペルーで育つ。学習院大学法学部卒業後、キヤノン株式会社に入社。9年半にわたりレーザープリンター新製品の事業企画を担当し、30製品の商品化を手掛ける。事業部IT部門で社内変革を4年間担当した後、日本マイクロソフト株式会社に入社。働き方改革専任のコンサルタントとして製造業を中心としたクライアントの改革を支援。2014年から岡村製作所(現・オカムラ)に入社。オカムラが手掛ける働き方を考えるプロジェクト「WORK MILL」を立ち上げ、これからのワークプレイス・ワークスタイルのありかたについてリサーチしながら、さまざまな情報発信を行う。TWDW、at Will Workカンファレンスなど働き方に関する講演多数。
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