ガンダムの月面企業、アナハイム・エレクトロニクスの境地:元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(3/5 ページ)
ガンダムの世界の中では、月も大きな存在感を発揮する。連載「ガンダム経済学」第2回目は、月面都市「フォン・ブラウン」と、その地における最大企業、アナハイム・エレクトロニクスの経済活動に焦点を当てたい。
ジオンの占領で前提が崩れる
月面という特殊な環境では、簡単に他の場所に居住することはできない。初期の段階で技術者が集まり、輸送・製造スキルが蓄積される。何より、月面での生存ノウハウが企業にも、住民にも、都市を管理する行政にも蓄積されたのであれば、他の場所が輸送等で多少有利であったとしても、わざわざ都市を移転しようなどとは考えないだろう。フォン・ブラウンが都市としてのブランドを確立したのであればなおさらだ。
宇宙での工業生産において、月の重力は利点だった可能性がある。地球の6分の1とはいえ、重力があれば、物体は下に落ちて位置が定まる。当たり前のようで重要なことだ。製造業のラインでは、部品にしても工具にしても定位置にあることが重要で、汚れ方でさえ、定位置であるかどうかがイレギュラーの見極めにつながる。トヨタ自動車の有名な5Sとは「整理、整頓、清潔、清掃、しつけ」だが、重力がなければ難しい。ビスやナットがどこに漂うのか分からない無重力下よりは月の重力下の方が、特に無重力に慣れないうちは作業しやすいことも多いだろう。
輸送という点で見ると、月面都市は地球・コロニー間のハブとして機能する。地球への大気圏突入と地球の重力を振り切れる耐熱・大出力シャトルを大量に建造するよりは、コロニーから地球への輸送は、ひとまず大気による摩擦熱もなく、重力も弱い月にローコスト機で運び、月・地球間専用機に乗せ換えた方がコストを抑えられそうだ。月の表面にあるフォン・ブラウンからなら、マスドライバーで地球に向かって射出するという手段もあり得る。
現代では、資源が豊富な国の企業ほど、当座の売り上げに安穏として安かろう悪かろうの汎用品を作り、高付加価値品の製造に続かないことが多い。産油国で石油化学製品の製造技術が高い国は少ないし、他の多くの鉱物資源にも当てはまる。
ジオンによるMS開発までアナハイムも慢心していたのかもしれない。それが、機体数差があったにもかかわらず、自社開発のMS「ガンキャノン」がジオン軍のMSの前にゼロスコアで全滅したことで、局面が変わった。庇護(ひご)されているという前提が崩れたのが1年戦争であると考えると、その後のアナハイムの行動が理解しやすい。前述した通り、1年戦争開戦時にアナハイムがあるフォン・ブラウンもジオンに制圧された。地球連邦に守られているという認識が根底から崩壊した。
ジオン占領下で、恐らくはMS製造に協力し、ジオニック社等が持つジオンの技術に触れたことは衝撃だっただろう。ゆでガエルのままでは死なず、ショック療法で認識を改めた。そのため、現実主義的で、ときに生き残るべく手段を選ばなくなったのは想像に難くない。
庇護ないし支援を求めるにも、地球連邦への交渉材料となり得る技術力において、優位な地位が危うくなった。MS動力炉の開発者であるミノフスキー博士の地球連邦への亡命が果たせず、ジオンの技術力が先行している。その後もジオンはビーム兵器を防ぐIフィールドや脳波を利用したサイコミュシステムを先んじて実用化している。守られるという前提も、守ってもらうための交渉材料も見失ったのである。
1年戦争後、地球連邦は反抗的なスペースコロニーへの技術流出を恐れて、ジオニック社の技術をアナハイムに継承させたようだ。アナハイムにとっては、天祐と思えただろう。渇望していた地球連邦との交渉力になり得るMSの生産・開発技術が一挙に向上したのだ。
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