ガンダムの月面企業、アナハイム・エレクトロニクスの境地:元日銀マン・鈴木卓実の「ガンダム経済学」(4/5 ページ)
ガンダムの世界の中では、月も大きな存在感を発揮する。連載「ガンダム経済学」第2回目は、月面都市「フォン・ブラウン」と、その地における最大企業、アナハイム・エレクトロニクスの経済活動に焦点を当てたい。
生き残り戦略としてのガンダム神話
フォン・ブラウンは、地球連邦に比べて圧倒的に弱いと目されていたジオンに占領された。アナハイムにはそのトラウマがある。
1年戦争後の生き残り戦略を2つの視点から整理するとアナハイムの行動が分かりやすくなる。「ガンダム神話の利用」と「政治工作」である。「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」では、1年戦争開戦には間に合わなかったが、アムロの乗るガンダムの開発にはアナハイムが深く関与していた。
そのガンダムが、1機でジオン軍のMSを100機以上撃墜するという偉業を成し遂げる。MS開発で遅れていたアナハイムの技術が、実は優れていたとアピールするには最高のきっかけだった。ガンダム神話の誕生である。
もちろん、アムロの才能があってのことだが、逆転の発想で、パイロットの能力を最大限に発揮できるMS開発に注力していく。ガンダムNT-1/アレックス、Zガンダム、ZZガンダム、νガンダム、ユニコーンガンダムと最新鋭ガンダムを作り続け、ガンダム神話の創造・強化にアナハイム自身が関与した。MS開発のためには、地球連邦に敵対する勢力との技術提携にも手を染めた。
軍事産業は独占的な状態になりやすい。軍とのコネクションが必須ということもあるが、経済学的な視点では、大規模な研究開発や特殊な生産設備が必要になるため参入障壁が高い。研究開発費や生産設備は固定費になるので、生産量が増えれば、平均コストが下がるという規模の経済が働くことになる。そして、平均コストの低い企業ほど利潤が増すので、新たな研究開発に投下できる資金が増えることになる。
地球連邦にはアナハイムに嫌悪感を抱く者も多かったと思われるが、軍の予算という点で考えると、ガンダムシリーズの技術開発成果を量産機に反映させることで、安くて質の良い兵器が大量に手に入ることになる。これはアナハイムにしかできない方法である。ガンダムという機体の成果をジムという量産機の技術に反映させるという、1年戦争で生まれた方式をビジネスモデルとして確立したのである。
軍は、より良い武器をより多く欲しがるぜい沢な組織である。限られた予算の中でより多く手に入るのであれば、軍としては願ったりかなったりで、個人的な感情はともかく、組織としてアナハイムを切ることはできなくなる。
ガンダムに詳しくない方に、「ガンダムは何で同じような顔なのか?」と問われたことがある。「顔が全く違ったら同じアニメだと思ってもらえない」などという大人の事情ではなく、アナハイムがガンダム神話を演出するためのブランド戦略だったのである。
関連記事
- ガンダムの宇宙世紀でインフレは起きたのか?
来年にアニメ放送40周年を迎え、今なお人気が衰えない「機動戦士ガンダム」。こうしたSFの世界において政治の駆け引きが描かれることはよくあるが、その世界の経済に関する視点はあまり例を見ない。新連載「ガンダムの経済学」では、日銀出身のエコノミストがさまざまな側面からガンダムの世界の経済を大胆に分析する。 - ヤン・ウェンリーが込めた思い 組織のためではなく、自分のために働け
SF小説「銀河英雄伝説」は組織の戦略や戦術などが深く学べるとあって、バイブルにしているビジネスパーソンも多い。本連載では、作品に登場するさまざまな名言を題材に、現代のビジネスシーンや企業組織にどう落とし込んでいくのかを考えていく。 - なぜ安室奈美恵は私たちの心を揺さぶり続けるのか?
歌手の安室奈美恵さんが引退する。メジャーデビューから26年、「平成の歌姫」と呼ばれた彼女は、全力で歌い、踊り続け、多くの人たちから愛されてきた。引退を目前に控えて、今再び安室フィーバーが起きている。安室さんの何がここまで私たちを引き付けてやまないのだろうか。 - 銀行員“受難”の時代にどう生き残るか 「ジェネラリスト」はもういらない
2017年11月、メガバンク3行が大規模な構造改革に踏み切ると発表した。三井住友銀行は約4000人分の業務量、三菱UFJ銀行は約6000人、みずほ銀行は約1万9000人に上る人員削減計画を打ち出し、世間のみならず銀行員自身にも大きな衝撃を与えた。 - 35歳でフリーライターになった元公務員が踏んだ「修羅場」
公務員の安定を捨てて独立する――。希望の道に進むのは素晴らしいことではあるものの、そのプロセスは決してバラ色ではない。独立を切り出したとき、妻や母、職場の上司など、「周囲」はどう反応したか。35歳で公務員を辞めてフリーライターになった小林義崇さんに、当時の苦悩を振り返ってもらった。 - 就活をやめてエストニアへ そこで私が確信した日本と世界のキャリア観の決定的な違い
普通なら就職活動真っ只中の期間である大学3年生の1月から大学4年生の6月までの約半年、就活を中断してエストニアに留学中の筑波大学4年生、齋藤侑里子さん。そんな彼女が現地で感じた、日本の就活への違和感、グローバルスタンダードなキャリアの築き方とは――。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.