今の私になくてはならない、風変わりな天才のN先生:内田恭子の「日常で触れたプロフェッショナル」(4/5 ページ)
天才と変人は紙一重というけれど、まさにこの人はぴったり当てはまる。私がお世話になっている漢方医のN先生だ。とにかく面白い先生がいるからと、友人に紹介されて、いざ出会ってみると……。
思考停止の人間が溢れている
先生はここ数年、夏になると2週間弱ほど大峰奥駈修行の旅に出ている。吉野と熊野を結ぶ道をひたすら歩き続けるらしい。写真を見せてもらったが、修行中はお風呂にも入れないため、短く髪を刈った頭に鉢巻を巻き、白装束みたいなものを身にまとい、まさに苦行僧の姿である。知っている人だからいいけれど、これが知らない人だったら一歩引いてしまいそう。
最初の年は何の準備もなく、無防備のまま挑み、生死をさまよったらしい。翌年は漢方もいろいろ用意して、他の方が怪我をしているのを治す余裕があったらしい。いいことだねえ、と思うけれど、これは実は他人の修行中に介入してしまったとうことで、本人的には後悔したらしい。
そして、さまざまなことを学んで臨んだ今年。例年よりも足が軽く感じ、いろいろ考えたこともあったらしい。あったたらしい、というのは、先生が修行中に悟ったいろいろなことを熱く語ってくれる中で、悟りが深すぎて凡人の私はついていけず、私が薄っぺらく要約してしまったからだ。とにかく未知の世界をどんどんと切り進んでいく先生の話はある意味ぶっ飛んでいる。
でもぶっ飛んでいるからこそ、話が面白い。そして説得力がある。この間も何かのきっかけで、「手間暇をかける」という話になった。今の時代、時短ばかりが求められていて、手間暇をかけることが少なくなってしまった。では、それが人間にどのように影響するのか。
ここからが先生の持論。手間暇がかけられない今、人間の思考は停止してしまったらしい。何か分からないことがあれば、インターネットですぐに答えが見つかる。スマホのおかげで人の電話番号を覚えなくなった。お料理も電子レンジを駆使してパパッと手軽にできるようになった今、じっくりコトコトと何かを作ることがなくなってしまった。人間が何かをやりながら考える時間がなくなってしまったのだ。
これなら料理好きの私にも分かる。今は「時短」「簡単」「おいしい」の3拍子そろったレシピが大人気だ。けれどこれに反して私は、時間があるときは、じっくり煮たり、朝から夜のためにゆっくりと料理をするのが好き。手間をかけたほうがおいしく感じるという自己満足的なものだけれど。
気がつくと手を動かしながらも、頭でもいろいろなことを考えている。子どものこと、学校のこと、仕事のこと、友人との会話を思い出して、それがどう意味だったかと考えてみたり。とにかく考えは尽きない。これが手間、暇がある人間が考える、ということなんだろう。
けれど、何でもかんでもすぐに結果が出てしまうと、すぐに白黒がはっきりしてしまう。たまにはグレーがあってもいいじゃない。そのグレーの部分を考える時間が人間には大事なんだよ、と先生の話は続く。
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