“あの事件”の舞台・新潟県十日町市で味わう自然 「サンクス・ツーリズム」のススメ:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/7 ページ)
首都圏に住む人々は新潟県十日町市に借りがある。かつてJR東日本が「事件」を起こしたが、7年前には電力不足を救ってくれた。できれば観光に行こう。暮らしを支えてくれる地域に感謝して訪ねる「サンクス・ツーリズム」を提案したい。
もともとはJR東日本が大量に水を使ったことで、信濃川の放水量が減ってしまったため、約60キロにわたる川が干上がり、魚の遡上が減って川魚の漁獲量も減っていた。廃業に追い込まれた漁師もいたという。そこで、国と新潟県、長野県は、各ダムの事業者に対し、毎秒35トンの放水目標を定めた。しかし、上流のJR東日本からは毎秒7トンしか放水されなかった。
特に取水量、放水量のデータ取得に対してリミッターを作動させ、実際より少ない適正数値を維持していると見せかけた。これが悪質と判断された。09年に国はJR東日本に対して取水禁止処分を下した。JR東日本は地元と話し合い、適正な流量の提案と厳守を約束した。
地元では不満の声が多かったものの、国は10年にJR東日本の取水禁止を解除。条件は、十日町市の信濃川発電所宮中ダムから下流への放水量を毎秒40〜120トンにすること。最大取水量は毎秒317トンで、取り消し前の順守水量から変更なしだった。いまだ地元の人々の不満は残るものの、JR東日本の発電は再開され、信濃川の水量は毎秒7トンから最低40トンへと大きく増えることになった。
一件落着となったわけだが、ここで大事件が起き、十日町市が男気を見せるのだ。大事件とは、11年3月11日に発生した「東日本大震災」である。福島第一原子力発電所の事故もあって、首都圏は深刻な電力不足に陥り、節電の呼びかけや計画停電も行われた。
震源から遠い新潟県も被災し、翌日には長野県北部地震も起きて、十日町市は大きな被害を受けた。それにもかかわらず、十日町市は首都圏の電力不足を補うため、JR東日本に対し、発電用取水量の増量を申し出てくれた。放水量を不正時の7トンまで下げることを認め、JR東日本は信濃川発電所をフル稼働させる一方で、鉄道など自社の電力使用量を節約し、東京電力にも電力を供給した。
あのとき、首都圏の人々がいち早く復旧に着手できた理由の1つが、十日町市の水力だった。だから、首都圏に住む人々は新潟県十日町市に借りがある、と思う。
そんな十日町市に、首都圏に住む一人としてお礼がしたい。それが今回の感謝旅だ。十日町市を観光しよう。お金を使いに行こう。すぐに行けばいいものを、多忙を理由に引き延ばしていた。
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