ゴーン妻の“人質司法”批判を「ざまあみろ」と笑っていられない理由:世界を読み解くニュース・サロン(5/5 ページ)
日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告の逮捕・勾留に関して、キャロル夫人がいわゆる「人質司法」を批判した書簡を人権団体に送った。刑事司法制度において「自白偏重主義」を貫いてきた日本は、海外からどんな国であると認識されているのか。
ゴーン事件がビジネスにもたらす“弊害”
現在のところ、本人の弁解や説明の余地がないまま、メディアではゴーンに絡む容疑が「取材」や「リーク」の形で表に出てきている。だが、今回のケースは「クーデター」「国策」と一部指摘されていたように、なんらかの思惑が絡んでいる可能性もある。日産側や検察側からの情報をそのまま報じ、既成事実のようにしてしまうのは危険だと言えないだろうか。
筆者はゴーンが働いたとされる悪事について、もちろん報道ベースでは見聞きしているが、そこにどれほどの裏付けがあるのかは分からない。それを争うのが公判のはずなのだが、ネットでの感情的な意見を見ていると、今回のケースは裁判をやる前から「ゴーンは極悪人」というイメージがどんどん蓄積されており、日産や検察はもう「世論誘導」に勝利しているようである。
また、今回のケースによって刑事司法制度の問題がさらに広く国外で知られていけば、海外の有能な人たちが日本に集まらないという弊害が出てくる可能性も考えられる。日本で外国人がビジネスをする際の不確定要素にもなりかねない。
言うまでもなく、ゴーンが直面している容疑が公判を経て事実と認められたときには、どんな厳しい刑務所生活が待っていようが同情の余地はない。瀕死の日産を立て直した手腕が評価されるビジネスパーソンであっても、犯罪は絶対に許されず、罪を償う必要がある。そうなれば、どんな辛辣な批判や苦言を受けても致し方ない。そして、家族もその罪と罰を真摯に受け入れるべきである。
ただ今はまだ有罪にはなっていない。ならば、彼を犯罪者ではなく、嫌疑をかけられた“人”として扱うべきではないか。
もっと言うと、長期勾留によって密室で自供を引き出しても、それは証拠として本当に有効なのか。自供を強要されたと言われないためにも、取り調べは可視化すべきではないか。日本の刑事司法制度にあるそうした問題点を、ゴーン事件を機にあらためて議論する機会にしてはどうか。
「ざまあみろ」と言って留飲を下げるだけで終わってはいけないのである。
筆者プロフィール:
山田敏弘
元MITフェロー、ジャーナリスト・ノンフィクション作家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト・フェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)がある。最近はテレビ・ラジオにも出演し、講演や大学での講義なども行っている。
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