元日銀マンが斬る 厚労省の統計不正、真の“闇”:地に落ちた政府統計(6/6 ページ)
厚生労働省の「毎月勤労統計」が炎上している。これに関する不正をかばうものはいないだろう。誰の目に見ても明らかな不正である。しかしこの問題には深い「闇」があるのではないかという。
日本における統計の地位
なぜ、誰のために、このような不正を行ったのか。
恐らく証拠となる文書は出て来ない。不正の開始から15年が経ち、今も当時の状況をうかがえる公文書が保管されているとは考えにくい。そもそも、公文書を作成していない可能性すらある。
ここからは先は、憶測の範囲を出ることはない。批判を承知の上で、ある仮説を記す。
毎月勤労統計の不正が開始された04年当時、小泉・竹中改革による派遣法改正で、製造業の派遣が解禁され、非正規社員の増加と合わせて、人材派遣会社の事業規模も拡大していた。雇用が不安定化する中、雇用保険の支払いを抑制したいという誘惑に、厚労省は駆られなかったのだろうか。
統計法の改正は小泉政権の時代から議論され、安倍政権の下で公布、麻生政権の下で施行されている。民主党時代にも毎月勤労統計の不正は続いていたが、統計法改正を機に政府統計の再建に道筋をつけるべき立場にあったのは、民主党政権ではない。自民党政権である。
そして、賃金の伸びが高く見えるような修正が18年に安倍政権の下で行われた。
今後の政府統計の信頼回復のためには、真相究明だけではなく、不正に関わった職員の処罰を検討する必要があるだろう。事実を持って、綱紀粛正を図らねばならない。
統計法第六十条第二号には、
第六十条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
二 基幹統計の作成に従事する者で基幹統計をして真実に反するものたらしめる行為をした者
と定められている。毎月勤労統計は基幹統計に当たるため、この不正は該当する。
政府統計の劣化に、予算・人員の不足が影響していることも疑いようのない事実である。日本では、これまで統計は日陰であった。統計学部すら存在しない。
公務員のほとんどは統計調査に携わることがない。統計の素人が管理職に就きかねないのが、現在の霞が関の人事である。管理職も一般職員も、事の重大さを認識していなかった可能性さえある。毎月勤労統計の修正を巡る杜撰(ずさん)な対応がそれを物語っている。
繰り返しになるが、なぜ、誰のために不正が行われたのかは、証拠となる文書が出てくることはないだろう。野党は真相(主犯)を究明したがるだろうが、空振りに終わると思う。政府統計の信頼回復に向けて、建設的な議論が行われることを望む。
折しも、データサイエンティストの松本健太郎氏と18年12月に政府統計について対談をした。公的統計が壊れ始めたという問題意識で対談に臨んだが、現実には、想像の斜め上を行くレベルで壊れていた(関連リンク)。
政府統計の再建には、専門家だけではなく、多くの人が関心を持つ必要がある。
今年は参議院選挙の年だ。
著者プロフィール
鈴木卓実(すずき・たくみ)
たくみ総合研究所・代表。エコノミスト、睡眠健康指導士。ガンダムと同じ年齢(1979年生まれ)。新潟生まれ仙台育ち。仙台育英学園高等学校出身。地元での仮面浪人を経て、慶應義塾大学総合政策学部を卒業。2003年、日本銀行に入行後は、産業調査や金融機関モニタリング、統計作成等に従事。2018年より現職。経済家庭教師や各種セミナー(個人向け、企業向け)、経済・金融や健康リテラシー向上のための執筆、アドバイザーなどを通じて情報発信を行う。楽天証券トウシルにて「数字でわかる。経済ことはじめ」、東洋経済オンラインにて「あの統計の裏側」を連載。
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