元日銀マンが斬る 厚労省の統計不正、真の“闇”:地に落ちた政府統計(5/6 ページ)
厚生労働省の「毎月勤労統計」が炎上している。これに関する不正をかばうものはいないだろう。誰の目に見ても明らかな不正である。しかしこの問題には深い「闇」があるのではないかという。
世の中の嘘には3つある
毎月勤労統計は、基幹統計に指定されている重要な統計である。基幹統計の調査には報告義務があり、罰則も統計法で定められている。
総務省のWebサイトには、統計法の条文を参照する形で、「基幹統計調査に対する正確な報告を法的に確保するため、基幹統計調査の報告(回答)を求められた者が、報告を拒んだり虚偽の報告をしたりすることを禁止しており(第13条)、これらに違反した者に対して、50万円以下の罰金が定められています(第61条)」と、まとめられている(関連リンク)。
今回の事件が明るみに出たことに対して、厚労省は「忙しかった」「忘れていた」などと釈明している。筆者自身が日銀時代に日銀短観に携わった経験に照らし合わせれば、厚労省の毎月勤労統計の不正は、予算や人員不足だけでは説明しきれない「闇」を抱えているように思える。
その理由を以下に挙げると、
(1)罰則規定のある基幹統計の調査は、他の一般統計の調査よりも、回答が得られやすい。回答義務・罰則規定はチラつかせるだけの「抜かずの宝刀」などと揶揄(やゆ)されることもあるが、コンプライアンスを意識せざるを得ない企業にとっては、基幹統計への回答は無下に断れない。
(2)バックオフィスが整備されており、コンプライアンスを意識する大企業は一般的に、中小企業よりも回答率が高い。常用労働者数500人以上の事業所を持つ企業となれば、かなりの事業規模である。勤怠管理もシステム化されており、各種の統計調査・アンケートに回答する体制が整っていることが多い。しかも、毎月勤労統計はその場限りの特別調査ではなく、常用労働者数500人以上の事業所については、全数調査であり、継続した調査となる。回答の要領が分かっているので、回答ミスが少なくなる。人手が足りないことを理由に調査先をごまかしたのであれば、回答の督促や数字のチェックが大変な中小事業所の調査もごまかしたはずだ。
(3)常用労働者数500人以上の調査で不正が行われたのは、東京都の事業所である。毎月勤労統計の調査は、厚労省が直接、全国の事業所を調査するのではなく、都道府県の統計所管部署を介して行われる。なぜ、東京都の、それも500人以上の事業所で不正が行われたのだろうか。統計調査の予算・人員は、どの都道府県も不足しており、むしろ、財政に余裕がない地方ほど状況は厳しい。調査対象の企業の賃金が高い東京都の大規模事業所を、対象から外したかったからと疑わざるを得ない。
大内兵衛の思いははるか遠く、毎月勤労統計に限っては、英国のディズレーリ首相が述べた、「世の中の嘘には3つある。嘘、大嘘、そして統計だ」というありさまである。
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