日本郵便の“戦う専務”が指摘――IT業界の「KPI至上主義」「多重下請け構造」が日本を勝てなくしている:CIOへの道(2/3 ページ)
先進国の中でもIT活用が遅れている日本。その原因はどこにあるのか――。日本郵便の“戦う専務”鈴木義伯氏とクックパッドの“武闘派情シス部長”中野仁氏が対談で明らかにする。
ビジネスのコアとなる部分は外注せず、自らの手で
中野: 私もITベンダーで働いていた頃から、エンタープライズ向けシステムの産業構造に課題があると感じていました。どうにもうまく機能している感じがしなかったんです。特にエンタープライズ向けシステムのクラウド化が進んだ2010年代から、ますます強い違和感を覚えるようになりました。システムの質が変わったのに、それを扱う業界構造が一向に変わらないんです。
そして、ユーザー企業がシステムを含めた変革、つまり企画力を外注化してしまったことで、いわば川上から現状の変化への対応が難しくなってきている。偉いとか偉くないとかではなく、発注元が業界のルールを作ってしまう。この産業構造では、ユーザー企業や大手ベンダーの技術力が落ちて足腰が立たなくなる上に、企画力がなくなって課題解決の能力も落ちる。システム産業に以前からある多重下請け構造でムダも多い。
そうなると、ベンダー企業は「お客さまに対してご提案差し上げる」みたいな話になる。取引のやり方も下から上に入っていくしかなくて、対等であることが難しい。そうなると変わっていくための本質的な議論がしづらくなるんです。
とはいえ、パートナー企業側から「いや、そのやり方じゃダメじゃないですか?」という話もしづらい。この2年間、自分で実際にやってみて、これはたぶん、パートナー企業も含めて変わらないとダメだと思いました。
そのためにはまず、ユーザー企業側が自ら意識を変える必要がある。発注元、つまり川の源流から変わっていく必要がある。それが発注側の責任だと思うのです。それを実現できるように組織も変え、きちんと自社の課題を整理して、その気になれば自分たちで全て実装して運用までやり切るぐらいの覚悟がないといけませんね。
鈴木: 全てを自社でやる必要はないですが、少なくともビジネスのコアとなる部分は自分たちで全てやって、その上で自社のニーズに最もマッチするソリューションを選んで、要件をきちんとまとめて発注する――ということができるのが必須条件ですよ。しかし、残念ながら企業側で、こうしたことをやり切る力が相当弱ってしまった、ということです。
こうした状況を変えるためには、IT業界全体で取り組んでいく必要がありますが、ベンダーやSIerにとって現在の構造を変えるのは「ビジネスのボリュームを削る」ことにもなってしまうから、やはりモチベーションが上がらないわけです。
中野: ベンダーやSIerにとっては、インフラ1つとっても「物理サーバを導入して、20%の保守料をとって、5年ごとに入れ替える」というモデルが一番、もうかるんですよね。ソフトウェアも、既にコモディティ化した製品が存在するのに、あえて一から開発して、さらに追加開発やメンテナンス、法改正対応などで稼ぐわけです。
受託開発と人月派遣というSI産業のビジネスモデルですね。「人月でエンジニアを押し込んで稼ぐ」というのが根本にある。その人の持つ“価値”ではなく、“稼働”に対して値段をつけるようなことをすると、SI系やエンタープライズ系のエンジニアが技術を磨いたり、ビジネスをきちんと理解したりする余裕がなくなってしまうんですよ。
その結果、「お客さまの要件をよく聞いて」とか「現状の業務課題を整理して優先順位つけて」といった“個別最適の話をする人が増えてしまう”のは問題だと思います。
もう一つ、ビジネスモデルの問題もあります。パートナー企業に悪意があるわけではありませんが、実際のところ、“手離れが悪いシステムほど、人を投入できてもうかってしまう”という現実がある。また、ビジネスの価値を問わずに「お客さまの要望」を開発しまくった方が、人を投入できてもうかってしまうのも事実です。
また、そうしたビジネスに従事しているエンジニアも、単に人月として投入されているだけなので、自らビジネスを理解したり、技術を積極的に磨いたりしようというモチベーションがなかなか湧かない。SI企業にせよユーザー企業にせよ、企業はただの箱にすぎず、本質はメンバー一人ひとりの質や成長を重視すべきなのに、ここが劣化していってしまうというのも深刻な問題ですね。
言われたことを言われたように、言われたことだけしかやらない人、意志を持たずに成長にも興味を持たない人は、結果として周りから軽んじられる。それが待遇面にも出てしまっているのではないかと思うのです。
鈴木: そうですね。不幸なことに、成長するモチベーションが湧かないんですよね。本当に根深い問題だと思います。
ビジネスのコア部分を内製化することの重要性
鈴木: ちなみに日本郵便では今、自社のITリソースを使って新しいことができないかと、社内で知恵を絞っているところです。企業にとってのクラウドの魅力は、インフラ部分をベンダーに依存しなくて済むようになり、アプリケーション部分に、より専念できるようになる点ですよね。
実は日本郵便は、クラウド事業者と同じぐらいの設備を持っているんです。これは他社にない大きな強みのはずなのですが、現在ではまだ、それを生かし切れていません。この潤沢なオンプレミスのリソースをフル活用して自社でシステムを運営することで、クラウドを超えるコストメリットを出そうとしています。
中野: そうやって内部でいろんな取り組みを行うようになると、自ずと「ビジネスの課題をどうやってシステムに落とし込むか」という視点が生まれてきて、社内の人材にも成長するためのインセンティブが生まれてきますね。
逆に、そのあたりをベンダーやSIerに任せてしまうと、社内の人間は調整や契約などの仕事に忙殺されるばかりで、人の成長の機会が奪われてしまいます。「これ、誰が決めるの? 責任とるの?」といった権限やお金の話で、ひたすら消耗し続けるわけです。本来なら社内で手掛けるべき「企画から運用まで」を自らの手でやっていないと、技術も情報もアップデートされませんし、結果として技術力もビジネスセンスも身に付かずに、いたずらに年を重ねていくことになりがちです。
もちろん、全てを自社でやり切るのは難しいから、社外に出すべき仕事はむしろ積極的に出して費用対効果を追求するべきでしょうが、やはり自社のコアコンピタンスになるような部分は内部にきちんと持つべきでしょうね。
鈴木: そうですね。日本郵便は巨大な組織ですが、IT部門の人員は意外と少なくて、現在は約200人ほどしかいません。従って、やるべきところとやらないところはしっかり区別しなければならない。つまり「選択と集中」です。成功するかどうかは分かりませんけどね。失敗するかもしれませんが、でもやるべことはやらないといけない。
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