「好きな日に働き、嫌いな仕事はやらなくていい」――“自由すぎるエビ工場”が破綻しない理由:本気で社員を幸せにする会社(3/3 ページ)
「好きな日に連絡なしで出勤・欠勤できる」「嫌いな作業はやらなくてよい」――工場のパート従業員にそんなユニークなルールを導入したところ、働く人の熟練度や連携が向上し、仕事の効率や品質が向上、採用や教育のコスト低減も実現したというパプアニューギニア海産。その秘訣とは?
従業員エンゲージメントを高める秘訣
しかし、このエンゲージメントの高さは、一朝一夕に実現したものではなく、武藤さんの大胆かつ繊細な試行錯誤の結果です。「フリースケジュール」や「嫌いな作業をやらない」といった常識破りな制度やルールを大胆に取り入れつつ、一方では工場で働く人たちの感情や気持ちについて、「気にしすぎでは?」と感じるくらい繊細に気遣っているのです。
「事前の出退勤連絡は“禁止”」というのも、「嫌いな作業を“やってはいけない”」というのも、その気遣いの現れです。
いくら制度として「いつ来るかは自由です」「嫌いなことはやらなくていいです」と言っても、「本当は予定を伝えた方が助かるのでは?」とか、「嫌いなことを全くやらないというのも、申し訳ない」とか、人は明文化されたメッセージの裏に何か別のものがあるのではないかと、余計な心配をしてしまうものです。そして、実際に事前に予定を伝えたり嫌いな作業も率先してやるような人が現れたりすると、まわりの人は「やっぱりそうした方がいいんだ……」と考え、制度やルールは形骸化していきます。
武藤さんは、そうなってしまうのを、余計なことをする個人のせいだとは考えず、「人間の心とはそういうもの」だから仕方がないと考えているようです。だからこそ、余計な心配をせずに安心して働いてもらえる方法を、日々追求できているのでしょう。
もう一つ、武藤さんの考え方が色濃く現れているのが、パート従業員の給料は全員一律という点です。
世間には、パートやアルバイトの中でも勤続年数やスキルによって時給に差をつけたり、パート長や新人の教育担当といった役割を当ててその分の手当をつけたりすることで、働く人のモチベーションを上げようという会社が多くあります。
それは確かにやる気を喚起する一つの方法ではありますが、武藤さんは、競争意識や役割に対するプレッシャー、不公平感などが働く人のストレスを高めるというマイナスの面に注目し、その方法は取らないと決めているのです。
働く人のために、という強い思いが前例のない挑戦を可能にした
「フリースケジュール」を始める前、武藤さんは「パートさんたちが誰一人会社のことを好きではない」と感じたそうです。また、パート従業員同士の人間関係も悪く、安心して前向きに仕事に取り組める職場とは程遠かったといいます。
パート従業員の中に派閥ができ、パート従業員同士で罵りあったり、社員のことも信頼していなかったり……ということはパート従業員の多い職場ではよくあることかもしれません。しかし、武藤さんはそれを「よくあること」といって済ませませんでした。
武藤さんが工場の状態を変えたいと決意した背景には、東日本大震災での経験があります。パプアニューギニア海産の工場は、もともと宮城県石巻にあり、震災で全壊したのです。東北で再建したいという葛藤がありながらも、縁のあった大阪への移転を決め、石巻で勤めてくれていたパート従業員たちに解雇を伝えたとき、武藤さんは彼らとの関係を「最後まで親しく話ができなかった」と、非常に後悔したそうです。
大阪で工場が稼働してからしばらくは、工場の運営を他の社員に任せ、武藤さんは営業や事務の仕事にかかりきりでした。しかし移転して2年後、工場長だった社員が退職し、武藤さんが工場長も兼務することになったとき、先に触れた、誰も会社のことを好きではなく、パート従業員同士の人間関係も良くないという状態に気付いたのでした。
石巻で良い関係をつくれなかったことを後悔したのに、大阪に来てからも従業員との関係づくりをしてこなかったことを反省した武藤さんは、そこからどんどん動き出します。働く人たちが好きになれる会社にしたいという思いから、まず始めたのが、パート従業員の働きやすさを向上する「フリースケジュール」だったのです。
ここから分かるのは、パプアニューギニア海産のユニークな取り組みの起点には、働く人が「この会社を好きだ」と思って働ける職場を実現したい、という思いがあり、会社が享受している多くのメリットはそれを追求した結果としてついてきたものだということです。その思いが中心にあるからこそ、他に前例がない挑戦に果敢に取り組み、試行錯誤を続けてこられたのでしょう。
時間や作業内容といった物理的な自由度高めることはもちろん、ストレスや不安などを取り除くことで心も解放することが、職場の雰囲気や仕事の成果に大きな影響を与えるということを示す、貴重な事例です。
Case Study ── パプアニューギニア海産
創業年:1991年5月15日 資本金:1000万円
業務内容:パプアニューギニア産天然エビの輸入・加工・販売
取扱商品:天然エビ、エビの総菜
従業員数:19人(2018年11月現在)
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