「東急8000系」誕生から50年 通勤電車の“いま”を築いた、道具に徹する潔さ:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/5 ページ)
東急電鉄の8000系電車が、2019年11月に誕生から50周年を迎える。画期的な技術を搭載し、それらが現在の通勤電車の標準となった。“道具”としての役割に徹した8000系の功績を書き残しておきたい。
東急8000系に特徴的な意匠がない理由は低コストにするためだったという。来たる大量輸送時代を見越して、8000系も大量に製造する見込みだった。東京11号線だけではなく、直通する田園都市線や東横線も大型車両を導入する計画がある。複雑な形状は製造工数を増やす。外観の維持も手間がかかる。余分なコストはかけられない。
先頭車の顔に当たる部分の中央に扉が設置されている。これは地下鉄乗り入れを前提とした非常口の役割がある。扉の位置が真ん中にあるため、先頭車を編成の中間に連結した場合は通路にもなる仕組みだ。平面でピッタリつけて連結すれば乗客用のスペースが稼げる。先頭車が流線型だと、中間に連結した場合はデッドスペースとなる。多くの人を、安全に、早く運ぶ。道具として徹する設計思想だ。
8000系は面白みのない姿だけれども、完璧な道具であった。もっとも、それも今となっては、という話で、当時はオールステンレス車体、未塗装で銀色の大型電車というだけで、非凡であり存在感があった。
世界初、日本初の技術を搭載
東急8000系の外観デザインには特徴がない。しかし中身は最新鋭の技術が詰まっていた。T形ワンハンドルマスコン、静止型インバータによる補助電源装置は、量産電車としては日本初採用であり、界磁チョッパ制御は世界初の搭載だった。全電気指令ブレーキは日本初ではなかったけれども最先端の技術であり、以降の鉄道車両の標準装備となっていく。
・T型ワンハンドルマスコン
ワンハンドルマスコンは、電車の加速とブレーキを操作する装置だ。運転台に前後方向に動くレバーを置き、手前に倒すと加速、奥へ倒すとブレーキがかかる。中央にニュートラルの位置があり、惰性走行する場合はここの位置だ。今では電車の運転士のモノマネでもワンハンドルマスコンのしぐさが使われる。8000系はこの装置を量産車で本格採用した。
現在は多くの電車で採用されているT型ワンハンドルマスコン。東急8000系電車が本格採用した(出典:Wikimedia Commons「運転台コンソール、伊豆急行クモハ8250形」By Tennen-Gas)
従来の電車の運転はツーハンドルタイプだった。左手のレバーがマスコン(マスターコントローラー)、右手のレバーがブレーキだった。マスコンを操作して、モーターへ向かう電流の電圧を変化させる。電車の速度が規定値に達したらマスコンの位置を戻して惰行運転する。電車を止める場合はブレーキレバーを操作する。電車のブレーキは空気圧を使っているため、ブレーキレバーでブレーキ弁の圧力を変化させる。
T型ワンハンドルマスコンは、2本のレバー操作を1本にまとめて操作を簡略化した。また、片手で操作できるため、空いた手で他のスイッチや無線電話の操作などもゆとりを持って行える。列車指令や車掌との連携もしやすく、安全運転に貢献した。両手で馬の手綱を持つタイプのT型以外に、左手側に特化したタイプなどがあるけれど、日本で誕生する電車のほとんどがワンハンドルマスコンだ。
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