「東急8000系」誕生から50年 通勤電車の“いま”を築いた、道具に徹する潔さ:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/5 ページ)
東急電鉄の8000系電車が、2019年11月に誕生から50周年を迎える。画期的な技術を搭載し、それらが現在の通勤電車の標準となった。“道具”としての役割に徹した8000系の功績を書き残しておきたい。
・静止型インバータによる補助電源装置
補助電源装置は、車内で使う機器に交流電源を提供する装置だ。大都市の鉄道は直流方式で電化されている。しかし直流電流は照明や扇風機、空調などの交流機器には使えない。そこで補助電源装置によって直流を交流に変換する必要がある。
従来の電車は電動発電機が使われていた。直流電力で直流電動機を回転させ、交流発電機を回転して交流電流を作る。静止型インバータは半導体を使用して、スイッチオンとオフを高速で行い、リアクトル(コイル)とコンデンサーによって、直流電流から安定した交流電流を生成する。モーターや発電機がないため静かで、保守も簡便になった。
・界磁チョッパ制御
電動機の界磁コイル(回転しない外側の電磁石)の電流を制御して、複巻電動機の回転数を変化させる制御方式。チョッパ制御は半導体スイッチで電流を高速にオンオフさせて、そのオンオフの回数に応じた電力に調整する方式だ。
モーターを動かす場合の電圧変化は、古くは抵抗制御という方法が使われていた。電流を直列につないだ複数の抵抗器に通し、回路の切り替えで抵抗器数を調整する。
その後、省エネルギー化のために、電車が減速するときにモーターの回転力を電気に変える「回生ブレーキ」が考案された。まずは直巻電動機と電機子チョッパ制御で回生ブレーキを実現した。直巻電動機は、界磁コイル(回転しない外側の電磁石)と電機子コイル(回転体に取り付けられた電磁石)が直列に配線された電動機だ。直巻電動機は起動時の出力が大きく、鉄道車両向きとされてきた。
しかし電機子チョッパ制御装置の製造コストが高く、回生電力も少なかった。そこで、複巻電動機と界磁チョッパ制御が考案された。複巻電動機は界磁コイルが複数あって、それぞれの磁力の方向と強さの割合によって出力特性を変化させる。複巻電動機は構造が複雑で、重量も増加する。しかし、界磁チョッパ制御機器は電機子チョッパ制御機器より製造コストが小さく、回生効率を大幅に上げられた。その後、VVVFインバータ制御が主流となるまで、大手私鉄では界磁チョッパ制御が採用されていた。
・全電気指令ブレーキ
最近の言葉を使えば、「フライバイワイヤー」によるブレーキ操作方式。各車両のブレーキシリンダを電子信号で制御する仕組みだ。
鉄道車両のブレーキは、圧縮空気によってブレーキシリンダを動かす仕組みだ。従来は1つの列車の全車両に空気管を通し、運転席のブレーキ弁を操作して空気圧を変化させていた。この方式の利点は簡単かつ確実な仕組みで、各車両のブレーキを同時に操作できた。そして車両側のブレーキシリンダが「空気圧ゼロの時に作動」する仕組みとすれば、万が一、車両間の連結が外れたときに、ブレーキがかかって暴走を防ぐ。
欠点は、長編成化して車両の連結数が増えると、空気圧の維持が難しく、制御も均一にならないことだった。そこで、各車両のブレーキは圧縮空気で作動させるとしても、その制御は電子的スイッチとした。これが全電気指令ブレーキだ。
これらの仕組みは、東急8000系が率先して装備し、その実績が証明され、以降の通勤電車の標準となった。皮肉なことに、こうした装備が標準化されると、初搭載車両の特殊性は薄れていく。その結果、8000系電車は後世から振り返っても平凡な車両になってしまった。
銀色一色だった8000系は、のちに東急電鉄のシンボルカラーの赤帯が入るなど変化があった。また、経年変化によって傷んだ部分は改造、更新された。種別・行先表示器をLEDに交換、車いすスペースの設置などが施工され、座席の布地も張り替えられた。これらの改造を施された車両は前面に赤と黒の塗装が実施された。この顔が歌舞伎の隈取に似ているため「歌舞伎塗装」と呼ばれた。歌舞伎座の公式サイトで紹介されており、歌舞伎塗装の名は公認になったといえそうだ。
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