着工できないリニア 建設許可を出さない静岡県の「正義」:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/6 ページ)
リニア中央新幹線の2027年開業を目指し、JR東海は建設工事を進めている。しかし、静岡県が「待った」をかけた形になっている。これまでの経緯や静岡県の意見書を見ると、リニアに反対しているわけではない。経済問題ではなく「環境問題」だ。
「無礼千万だ」静岡県知事、JR東海に反発
19年5月30日、JR東海の社長は記者会見で「未着工の状態が続けば開業の時期に影響を及ぼしかねない」と発言。静岡県との話し合いが膠着(こうちゃく)状態にあると明らかにした。この時点の未着工区間は静岡県内区間であり、静岡県のせいでリニアの開業が遅れるという意図にも受け取れる。
当然ながら静岡県は反発する。リスクの共通認識を持ち、慎重に対話を進めているところだった。着工への合意に近づいていたはずだ。
静岡新聞によると、静岡県知事は6月11日の知事会見で、「事業計画の年次を金科玉条のごとく相手に押しつけるのは無礼千万だ」と厳しい言葉で批判した。「まずは利水解決で、開業を延期してでも解決すべき」という考えを示す。
この会見の直前に、静岡県知事はいくつか行動を起こしている。
6月5日に静岡市で開催された中部圏知事会議で、静岡県知事は「静岡県にはリニア中央新幹線の駅がなくメリットはない」とし、国への提言のうちリニア中央新幹線早期開業に関して、「工事実施計画に基づき」の文言の削除を求めた。結論は先送りになったという。この会議では、北陸新幹線の全線開業、中部から北陸への特急しらさぎ増便などが報じられている。
さらに、同会議では静岡県が「リニア中央新幹線建設促進期成同盟会」の加盟を申請した。工事に待ったをかけながら「建設促進」団体への加盟は一見、矛盾しているように見える。しかし、これは静岡県としては筋が通っている。リニア新幹線が通過する予定の都府県のうち、静岡県だけが加盟していない。駅ができず、利点がないから加盟の必要はないという判断があったかもしれない。しかし、静岡県は「建設促進」の都府県に、静岡県の考えを聞いてほしいと思っている。「建設促進」のために「水利問題」を理解してほしい。
6月6日の「リニア中央新幹線建設促進期成同盟会総会」は、静岡県の加盟を保留した。建設促進を求める会で、建設遅延の原因となっている静岡県の対処に困ったようだ。静岡県知事は会見で「加盟させないというなら、静岡県を通らないルートに変更すべきだ」と強硬な姿勢を見せている。
ここまでの流れで、「静岡県はリニア中央新幹線の建設に反対していない」ことを確認しておきたい。主張は「水利問題を解決してほしい」の1点だ。6月11日の知事会見では金銭補償に対する言及もあったけれども、その件は後述する。
もう一つ、静岡県知事の川勝平太氏自身は「リニア推進派」という見方もある。日経ビジネス18年8月20日号によれば、国土審議会の委員を務め、JR東海系の雑誌でコラムを担当したこともあるという。「日本の国土にとってリニアは必要だ。しかし静岡県の不利益は許さない」静岡県知事として正しい考え方だと思われる。
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