「鮨屋はもう斜陽」――四代目はなぜ、ジリ貧の店を継ぐと決めたのか:落ち目の鮨屋を世界に名だたる名店に変えた男(3/5 ページ)
鮨屋としての事業環境が厳しくなっていく中、次男には、明治から続く老舗という看板を背負う義務はない。大学に進学して普通のサラリーマンになってほしい――。そんな父の願いを知りながらも、なぜ四代目は「店を継ぐ」と決意したのか。
道を違える兄と弟
しかし、蒲田 初音鮨の正式な跡取りは創に決まっていた。
先に、読売新聞の全国4位の販売部数を誇る販売店に嫁いでいた“繁枝の姉”が、同店の跡取りを授からずにひどく苦しんでいるのを見て、家族皆が心を痛めていた。それでなおさら、初音鮨の跡取りとして授かった創を一人前にすることは、家族にとっても、繁枝の実家にとっても、最重要課題となっていた。
落ちぶれたとはいっても、明治時代から続く蒲田 初音鮨である。昭和一桁生まれの両親は、家長制度が色濃く残る、昔ながらの職人一家で生まれ育ってきた。そんな価値観を持つ両親は、長男である3歳上の兄・創に全てを懸け、小さい頃から英才教育を施そうとしていたのだ。
特に、繁枝にとっては、旧家での居場所を自分に作ってくれた長男である。跡取りを産むまでの繁枝の立場は、三代目の嫁とはいえ、新人の使用人と同じかそれ以下の扱いだったからだ。
大家族が同じ部屋に寝泊まりする鮨職人一家で、舅・姑・小姑に囲まれて暮らす昭和初期の女にとって、創の誕生は、何よりの喜びだった。これでやっと肩の荷を下ろせた、家族の中での責任を果たせた、旧家の中で後継者の母という居場所ができた、との思いから、創へと愛情を一方的に注ぎ込み、わがままを許し、でき愛したのも無理はなかった。
どれほど父をヒーローとあがめても、鮨職人として腕を磨きたいと願っても、蒲田 初音鮨の後継者=四代目は、勝ではない。
考え方は違えども、功もまた同じように、勝にはもっと違う道を用意してやりたいと考えていた。
この先、蒲田で店をやっていく限り、鮨屋としての事業環境はどんどん厳しくなっていく。次男の勝は、きっと、鮨職人にならなくても、食っていける。次男には、明治から続く老舗という看板を背負う義務はない。自由の身である勝には、大学に進学して普通のサラリーマンになってほしい――父はそう願い、実際、そうするよう勝に勧めていた。
ところが、四代目を望まれた創は、運命だからと諦め、受け入れてはいたものの、これが内心では「鮨職人にはあこがれもなく、あまり興味を抱けない」と思っていたというのだから、皮肉な話だ。
長男だからと将来を限定され、望まぬ店を継がされる運命に不条理を感じていた創は、料理にさほど興味がない。一方、鮨職人としての父を敬愛し、料理も得意で味を探求する意欲に満ちていた次男が継ぐことを許されない――。
創は、金のかかる趣味ばかりを好む道楽好きで、気持ちがあちこちに向かって、その時代、その時々、その場所を楽しんで生きられる男だった。何でも器用にこなす反面、何事にも飽きっぽく、恐ろしく短気な創は、春の穏やかさから、いきなり嵐のようになって怒り出す――そんな途中がない気質だった。
次男の勝はその正反対で、小さい頃から機械いじりやモノ作りが大好き。当時、日本の技術集団が完成させた“東洋工業のロータリーエンジン”を紹介する本を読むだけで心が弾む――そんな少年だった。
「父と同じような鮨職人になりたい。俺も、自分の子どもが連れてきた友達に腹いっぱい、何かおいしいものを食べさせてやるんだ」という気持ちを内心に抱きながらも、勝はいつの間にか、“鮨屋以外での他の可能性を探す道”へと進み始めていた。
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