自動車を売るビジネスの本質 マツダの戦略:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/5 ページ)
原理原則に戻ると自動車ビジネスもシンプルだ。商品とサービスに魅力があれば、新車を正価、つまり値引きせずに売れるから中古車の相場が上がり、その結果下取り価格が高いので、買い替え時により高いクルマが売れる。これが理想的サイクルだ。それを実現した例として、マツダの取り組みを歴史をひもといてみよう。
具体戦略
口先だけならいくらでもカッコいいことはいえるのだが、これがお題目だけに終わらないところがマツダの面白いところだ。「お客様の大切なクルマの価値を守る」という理想を掲げたら、全社一丸となって、そのためにあらゆる作戦を同時遂行する。本当に不思議なのだが「正価販売は新車営業の仕事だから俺たちは関係ない」ということが起こらない。
資産価値の維持
中古車販売部は、下取り車をより広域で販売できるように、Webで在庫を共有化する。東京・大阪・名古屋のように人口が多く、供給過剰になりがちな地域では需給が緩み売価が落ちる。タマ不足のエリアでは需給が締まって高値が期待できるが、肝心の商品が足りない。だから広域販売を標準化すれば、クルマが必要とされる、つまり売れる地域で、より高値で中古車を売りさばくことができるようになる。当然それは「お客様の大切なクルマの価値を守る」につながる。
新車の販売部門では、残価設定クレジットで攻めた戦略を取る。一般に業界の3年後標準残価は50%であり、それも必ずしも保証型ではない。つまり3年後に相場がそれより下がっていた場合は追金が発生するケースもある。それに対してマツダは55%を保証した。万が一相場が崩れたら地獄が待っているが、そもそも自分たちが信じていないブランド価値をお客に信じろという方が虫がいい。これなどまさに責任を持って「お客様の大切なクルマの価値を守る」ことだろう。
残存価値
驚くべきことにこのプランが始まって以来、実際の査定額が55%を下回ったケースは過走行の先代デミオ1台だけだという。それは、このプランが絵に描いた餅ではなく、美味い話にだまされたユーザーが後悔するようなものにはなっていないことを意味する。
もちろん保証の条件はあらかじめプランによって定められており、極端な過走行の場合はマツダが損をしないようになっているが、実績ベースで見た査定額の累計実績平均値は65%に達している。もちろん差額は顧客に還元されるので、55%以上査定が残ったからといってマツダがもうかるわけではないが、ユーザーの買い替え予算が増えるという意味ではwin-winの関係になる。
サービス部門では、メンテナンスパックを用意した。メンテナンスが査定に影響を及ぼすのは当然なので、あらかじめその費用を割安なパッケージ価格にしたのだ。ローンに組み入れれば費用の負担感もほぼない。新車に限れば、メーカー保証と、このパックで、残価設定ローンが終わるまでほぼ出費が発生しない。あとはタイヤとブレーキパッド程度だが、タイヤはともかくブレーキパッドは予定通りの走行距離で普通の走り方をする限り、交換が必要になることはない。結果、法定点検を欠かさず受け、登録以来の全ての整備記録簿がしっかり整った筋の良い中古車商品につながり、当然下取り査定が上がるのみならず、認定中古車の品質向上にもつながっている。これも「お客様の大切なクルマの価値を守る」にしっかりつながっている。
もうひとつ面白いのは保険だ。マツダはディーラーで加入できる「スカイプラス」という自動車保険を販売しているが、この特典に年1度最大5万円(免責5000円)までのボディリペアが付いてくる。つまりユーザーにしてみれば、ちょっとした擦り傷などを気軽に直せる。当然査定のマイナスの回避になるし、街を走るマツダ車の外観がキレイなことはブランド価値向上につながるし、マツダ自慢の魂動デザインの価値も守られることになる。ユーザー自身が価値を維持しやすい環境を整えることによって「お客様の大切なクルマの価値を守る」のだ。
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