自動車メーカーを震撼させる環境規制の激変:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
「最近のクルマは燃費ばかり気にしてつまらなくなった」と嘆いても仕方ない。自動車メーカーが燃費を気にするのは、売れる売れないという目先のカネ勘定ではなくて、燃費基準に達しないと罰金で制裁されるからだ。昨今の環境規制状況と、それが転換点にあることを解説する。各メーカーはそのための戦略を練ってきたが、ここにきて4つの番狂わせがあった。
ポートフォリオの番狂わせ
ところが4つの番狂わせがあった。1つ目はHVが思ったより健闘し、むしろA群の役割を担い始めたことだ。2つ目はこれまで書いてきた、中国がEV集中優遇をやめてHVにリソースを振り向けそうな流れだ。3つ目はディーゼルの不振。4つ目はマイルドハイブリッドの効果の読み違いである。
ここからはちょっと複雑なのでモデルケースを設けて説明したい。1つ目の例はフォルクスワーゲンである。フォルクスワーゲンはディーゼルで底上げを図りつつ、EVで平均を引き上げる作戦を取っていた。
しかし自らが引き起こしたディーゼルゲート事件で、せっかくディーゼルにシフトしつつあったマーケットをガソリンに引き戻してしまったのだ。そこへ泣きっ面に蜂とばかりに、中国がEV絶対優遇を変更しHVとの両面作戦にシフトしそうだ。こうなるとフォルクスワーゲンは厳しい。中国で今まで通りEVが売れないだけでなく、その余剰を他国で売りさばこうという作戦までもが頓挫する。
こうしてA群に不穏な空気が漂い始めたことに加えて、ディーゼルと共に底上げ要員であったマイルドハイブリッドに思ったほどにはCO2削減効果がないことが分かってきた。フォルクスワーゲンに起死回生の策があるとすれば、徹底したロビー活動で、もう一度ディーゼルを主力に引き戻して、未達幅を減らして傷をいかに小さくするかだ。CAFEの実質的罰金であるクレジット制度は、未達分を金銭購入する形になるので、基準値に近ければ未達でも傷は浅いのだ。が、A群、B群ともに当てが外れてしまっては相当に厳しいことになる。
マツダのケースはどうだろう? マツダは「内燃機関を極める」と方針を定め、SKYACTIV-Xによる希薄燃焼エンジンを必死にモノにした。これがマイルドハイブリッドであることを不思議に思う人が少なくないようだが、厳しい現実として、95グラム規制の時代には、もう内燃機関単体ではどうやってもCAFEはクリアできない。だからマツダはマイルドハイブリッドとの組み合わせでこれをクリアしようと考えた。
しかしマツダにとって誤算だったのは、マイルドハイブリッドの効果は限定的だったことだ。実際SKYACTIV-XのCO2排出量は96グラムで、おそらくマイルドハイブリッドモデルとしては最良の成績になっているのだが、1グラムだけ規制値にとどかない。
問題はこのSKYACTIV-XがマツダにとってはA群であることだ。B群としては見事な成績だが、平均値を引き上げる力はない。来るべき2025年の規制となるとほとんどクリアするのは不可能に近い。さらに気の毒なのはせっかく素晴らしいディーゼルを開発しながら、ディーゼルゲート事件のあおりを食らって、こちらも予定ほどには成績向上に貢献できていない。
マツダは先代アクセラでトヨタのハイブリッドシステムを組み込んだモデルを販売したが、これが見事に売れなかった。パワートレインは存在するのだから小改良を加えるだけでストロングハイブリッドもリリースできるはずだが、売れなければどうにもならない。状況的にはそれにもう一度チャレンジするしかないのだが、果たして売れるのか? HVがA群の主砲である理由は、ひとえに売れるからだとすれば、売れなければ意味がない。現在マツダはロータリーエンジンによる発電システムを備えたシリーズハイブリッドを開発中だ。日産ノートe-POWERと同様にエンジンは純粋に発電、駆動はモーターが受け持つシステムになる。
という具合に今、4つの番狂わせで、CAFE規制をクリアできるかどうか、世界の自動車メーカーの戦略が大混乱をきたしている。全方位作戦を遂行中のトヨタだけが涼しい顔、という絵柄が否応ない現実である。
関連記事
- トヨタ ハイブリッド特許公開の真実
トヨタは、得意とするハイブリッド(HV)技術の特許(2万3740件)を無償で提供する。しかし、なぜ大事な特許を無償公開するのか? トヨタの狙いと、そしてどうしてトヨタが変わらなければいけなかったかと解説する。 - バッテリースワップ式EVへの期待と現実
時期はともかく、EVは必ず普及する。ただしそのためにクリアしなくてはいけないのがバッテリーの問題だ。EVの性能を決める心臓部品でもあるバッテリーは、高価な部品である。ではどうやって安いバッテリーで充電の待ち時間を短縮するか? という話になると人気の説の一つが、バッテリースワップ方式。ここに可能性はあるのだろうか? - 自動車メーカー「不正」のケース分析
マツダ、スズキ、ヤマハ発動機の3社が排出ガス抜き取り検査についての調査結果を国交省へ提出した。これを受けて、各メディアは一斉に「不正」として報道した。しかしその内容を見ると、多くが不親切で、何が起きているのかが分かりにくい。そこに問題はあった。しかし、その実態は本当のところ何なのか、できる限りフラットにフェアに書いてみたい。 - 中国製EVに日本市場は席巻されるのか?
「日本車が中国製の電気自動車にやられたりする心配はないの?」。最近何度かそんな質問を受けた。本気でそんな心配している人は本当にいるらしい。 - パリ協定の真実
世界中で内燃機関の中止や縮小の声が上がっている。独仏英や中国、米国などの政府だけにとどまらず、自動車メーカーからも声が上がっている。背景にあるのが「パリ協定」だ。 - 豊田章男「生きるか死ぬか」瀬戸際の戦いが始まっている
定例の時期でもないのに、トヨタ自動車はとてつもなく大掛かりな組織変更を発表。豊田章男社長は「自動車業界は100年に一度の大変革の時代に入った。『勝つか負けるか』ではなく、まさに『生きるか死ぬか』という瀬戸際の戦いが始まっている」と話すが……。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.