ワタミは本当に「ホワイト化」したのか? 「ブラック企業批判」を否定し続けてきた“黒歴史”を振り返る:「最強の組織」が陥った罠(2/4 ページ)
創業者である渡邉美樹氏が10月1日、ワタミに復帰。復帰会見では離職率の低下など、「ホワイト企業化」が宣言された。「ブラック企業」と批判され続けてきたワタミだが、本当に環境はよくなったのか。ブラック企業アナリストの新田龍氏が3回にわたり、ワタミの過去を振り返るとともに現状を検証する。
強すぎた渡邉のカリスマ性
ワタミの急成長には、2つの武器があった。それが「渡邉自身の力量」と「素直で一生懸命な従業員」だ。一方で足りなかったのは「渡邉以外の経営陣の力量」と「企業規模に即した適切な労務管理」、そして「渡邉の『経営者』としての自覚」であった。筆者はこれらの要素すべてが、ワタミのブラック化の原因となったと考えている。
渡邉はセールスドライバー時代、1日20時間近くの肉体労働をこなし、先輩社員からのいじめも絶えないというブラックな環境での労働を耐え抜いて、わずか1年間で300万円の資本金を貯め独立した。彼にとっての労働とは「成功体験」であり「人間性の向上」につながるものだった。
そして渡邉は「労働が人間性を高める」ことが他人にもあまねく当てはまるものと確信し、自らのファミリーたる従業員たちにも、自身の成功体験を追体験してもらいたいと本気で願うことになる。渡邉が自身に向ける厳しさや、経てきた努力は誰しもがまねできるレベルではないのだが、彼は「自分にもできたんだから、君たちにもできる!」、「できないなら、能力の問題ではなく、やる気や意志の問題だ!」と考えた。これが、高いレベルの努力を無自覚に押し付け、それができない従業員を追いこんでしまう形になってしまう。渡邉は自身が強すぎたあまり、人の弱さに関して無自覚だったのだ。
「最強の組織」だからこそブラック企業に陥った
ワタミの従業員は、こうした渡邉の態度をどのように受け止めていたのだろうか。筆者がこれまでインタビューした中には経営幹部もいれば、現役社員にアルバイト、そして退職者もいたが、共通していたのは「素直」で「真面目」で「一生懸命」という人物像だ。彼らの話を聴くと、「社会貢献に携わりたい」、「飲食業で独立したい」など将来の目的こそ違えども、おのおのがワタミ、そして渡邉が掲げるミッションやビジョンに共感して入社してきている。ハードワークや不規則な時間帯の仕事も覚悟の上で、自らの学びや成長のために自主的に仕事をしていたのだ。
組織は成長するに従って、その規模や社会的影響力に見合った人材が、しかるべきポジションに就いてリーダーシップを発揮していかなくてはならない。しかしワタミの場合、理念やビジョンをはじめとしたリーダーシップは渡邉に、オペレーションは素直に頑張れる従業員に依存し、上場企業となった後でも、ガバナンス体制や人事制度は中小零細企業のままで変わっていなかった。組織規模が大きくなり、ワタミを「価値観への共感」よりも「大手有名企業だから」という理由で選んだ人にとっては、労働環境よりも人間的成長を重視する同社の社風はさぞ異様に映ったことであろう。
渡邉は強力なリーダーシップを持っているが、常に正しいわけではないし、たまに暴走もする。そんなとき、彼をいさめ、メッセージをかみ砕いて現場に伝え、効率的なオペレーションを構築すべき経営陣がその機能を果たせず、そのしわ寄せやあおりは全て現場の、人のいい従業員が残業して頑張ることで「なんとかなって」しまっていた。仕事は辛うじて回っているが、問題の原因を根本から改革する機会は先延ばしになっていくばかりだった。
人事マネジメントの観点から考えれば、起業家精神にあふれ、個々人がリーダーシップを発揮できる組織は最強だ。しかし、労働者はあくまで労働者。義務だけを強いて権利を認めない組織はブラック企業だと批判されても文句は言えない。そのような、理念の良い部分は維持しながら、制度や仕組みはコンプライアンスを順守し、組織の急拡大に伴って露呈してきたネガティブな部分をカバーできるガバナンスを導入できていればよかったのだ。
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