ヤリスGR-FOURとスポーツドライビングの未来(後編):池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/5 ページ)
今回のGRヤリスでも、トヨタはまた面白いことを言い出した。従来の競技車両は、市販車がまず初めにあり、それをレース用に改造して作られてきた。しかし今回のヤリスの開発は、始めにラリーで勝つためにどうするかを設定し、そこから市販車の開発が進められていったというのだ。
競技起源のカイゼン提案
つまり競技で求められる要素は、これまでトヨタのクルマづくりには何も考慮されなかったということだ。逆説的にいえば、競技起源のカイゼン提案は「もっといいクルマ」を作るアイディアの宝庫となり得る。
となるとトヨタのやることは凄まじい。競技の世界ではクルマのセッティングに求められる精度は市販車と桁が違う。例えば車高の1ミリは競技の世界では極めて重要なのだが、従来の市販車の世界では組み付け公差の範囲である。
競技に出るクルマだけ、個別にバラして高精度に組み直せば、WRCでの目的は果たせる話ではあるが、クルマづくりの思想としてはそうはいかない。ミリ単位の組み付け精度が必要な競技用のものづくり世界を生産車にフィードバックするのだとすれば、高精度な生産システムを構築しなければならない。でなければ競技車両に対して、ホモロゲーションモデルは「仏造って魂入れず」になってしまう。
もちろんトヨタの全モデルの生産を高精度化する必要があるわけではないが、例えばGR-FOURにとってはそれはクルマの善し悪しを決める重要な分水嶺になる可能性があるということだ。
トヨタは今、従来のベルトコンベアラインで製造される大量生産モデルと、セル型生産方式の製品モデル群の2つに商品を分離しようとしている。単純な話、ミリレベルの精度管理を行おうとしたとき、ベルトコンベア上で製品が動き続けている状態での作業では難しい。だから、GR-FOURの組み立てはライン型ではなくセル型に変更し、制止した状態で部品を組み付ける。加えて、社内からハイレベルの技能工を募って、匠の技術で作業を行う。
そうやっていくつかの階層に分けたセル間をAGV(無人搬送車)でつなぎ、多品種少量かつ高精度組み付けを実現するGRファクトリーを元町工場に新設した。それは従来のハンドメイドの側から見れば高効率化であり、大量生産の側から見れば、これまでの制約を超えた生産精度の劇的な向上である。これによって、トヨタは、これまでの普及版の製品と違う価値を持つ製品を作ることが可能になる。
トヨタは「BORN FROM WRC!」を、単なるお題目や宣伝文句として言っているわけではない。競技の世界の要求を満たすために、生産方式すらもガラっと変えるほどのカイゼンを進めているのだ。GR-FOURはそういうクルマである。
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