船からトラックまで 水素ラッシュを進めるトヨタ:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)
トヨタの水素戦略の中で、全ての中心にあるのは、MIRAIに搭載される燃料電池スタックだ。MIRAIはいわずと知れた燃料電池車(FCV)で、水素と酸素を反応させて発電するFCスタックを備えている。クルマ以外の燃料電池需要に対して、MIRAIのFCスタックの持つポテンシャルは大きい。
例えばトヨタが計画中のコネクティッド・シティ「Toyota Woven City」(トヨタ・ウーブン・シティ)のような街ならば、街のエネルギーの一部を水素で賄うことも考えられる。トヨタは、すでにセブン-イレブンと共同で、19年から配送トラックと一部店舗電力の水素化を推進中であり、ノウハウも蓄積中だ。もちろん太陽光をはじめとする再生可能エネルギーも導入されるだろうが、大量に電気を消費する施設や、夜間の電力などには水素も用いられるだろう。
いつも思うのだが、トヨタの凄みは、他の会社なら全リソースを一点集中してようやく可能になるような事業を、指折って数えられないくらい大量に押し進めている点だ。
われわれが心しておかなくてはならないのは「トヨタは水素に賭けた」みたいな愚かな理解をしないことだ。トヨタは考え得るあらゆることを並行してやっているし、同じジャンルで競合する複数のパートナーとも並行していくつでも提携する。効率良く勝つことではなく、絶対に負けない戦い方を選んでいる。
仮に20年後、水素が全く普及しなかったとしても、「やるべきことをやりました」としれっとした顔で言うだろうし、その時主流になったシステムも当たり前に供給しているだろう。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答を行っている。
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