“世界最大級”の経済対策108兆円は、私たちの経済を救うのか?:目の前の“命”を全力で守れ
政府は新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、事業規模総額約108兆円の緊急経済対策を決定した。安倍首相は「世界的に見ても最大級の経済対策となりました」と胸を張る。しかし、本当に日本経済を救う施策となり得るのだろうか?
4月7日、政府は新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、事業規模総額約108兆円の緊急経済対策を決定した。この金額は日本のGDP(国内総生産)の約2割にあたり、安倍晋三首相も「諸外国と比べても相当思い切ったものだ」と述べている。安倍首相は7日に開かれた政府与党政策懇談会の中でも「これまでにない規模の財政支出39兆円、事業規模108兆円、GDPの2割に及ぶ、世界的に見ても最大級の経済対策となりました」と胸を張った。
3月下旬に日米欧や新興国を含む20カ国・地域(G20)の首脳声明において、計5兆ドル(約550兆円)超の経済対策実施が明記され、既に米国では2兆2000億ドル(約242兆円)に上る対策法が成立し、ドイツでも7年ぶりに赤字国債を発行してコロナ危機の対策にあたると報じられており、日本もその流れに追随したかたちになる。
しかし、注意しなければならないのは、あくまで「事業規模」として約108兆円ということであり、俗にいう「真水」の金額ではないということだ。「真水」という言葉に明確な定義はないが、政府の財政支出は約39兆円とされ、この金額を「真水」とする向きもある。予算案を見ない限りは正確なことはいえないが、事実上の真水部分はもっと少ない金額になるだろう。
この金額には2019年12月に成立した補正予算の未使用分9.8兆円も含まれている。また、今回の緊急経済対策には法人税や社会保険料の支払いを猶予するという項目に約26兆円が計上されているが、この部分はあくまで猶予であって、将来的には納めなくてはいけないため、GDPの押し上げという側面からは非常に弱い。よって、今回の緊急経済対策は108兆円という数字のインパクトほどの効果は期待できないように思われる。
条件付きの現金給付 制度悪用の懸念も
今回の緊急経済対策のうち、私たちの家計に影響が出るところとしては現金給付がある。直接現金が給付されるため、即効性の高い経済政策ではあるものの、今回は一律給付ではない。世帯主の月収(2〜6月までのいずれか)が新型コロナの影響で減少し、年収ベースで換算した際に住民税の非課税水準まで落ち込んだ世帯か、世帯主の月収(2〜6月までのいずれか)が半分以下に減少し、年収ベースで換算した際に住民税の非課税水準の2倍以下に落ち込んだ世帯に給付するという条件付きの給付とした。
いま現在、本当に生活に困窮している人たちがニュースを随時確認して、自分が対象になるかを判断し、スムーズに申請をできるか――。おそらく、そんな余裕はないだろう。一方で、現時点で余裕のある人、例えば「ずる賢い」経営者などは、この制度を悪用する可能性すら考えられる。また、19年の収入を証明するということであれば、源泉徴収票などがあれば多少は楽になるかもしれない。だが、今年の一時期の収入減を証明することは非常に難しく、その結果、各市町村の窓口対応が混雑し、かえって感染拡大のリスクすら高まるのではなかろうか。
一律給付をしない背景には「富裕層や公務員に給付するのは不公平だ」などという意見があるからなのかもしれないが、給付に条件をつけることによってスピード感が落ちることは間違いなく、本来の目的からかけ離れてしまうことを筆者は懸念している。また、一律給付にすることによって、富裕層にまで給付が行きわたり不公平になる、という考えは理解できる。
だが、生活困窮者が一時的な所得を家賃や水道光熱費の支払いに充ててしまう一方で、経済的に余裕がある人ほど一時的な所得を消費に回す部分も多く、結果としては消費が浮揚することで企業業績が維持され、生活困窮者の雇用が保たれる可能性も考えられる。
いま必要なのは「スピード感」
政府は今回の緊急経済対策を、感染収束にめどがつくまでの「緊急支援フェーズ」と、そのあとの「V字回復フェーズ」の2段階で実施するとしている。具体的には「次の段階としての官民を挙げた経済活動の回復」という項目があり、新型コロナウイルスの感染拡大が収束し、国民の不安が払拭された後の反転攻勢フェーズとして、「Go To キャンペーン(仮称)」と称する官民一体型の消費喚起キャンペーンの実施など、さまざまな案が記載されている。
だが、いま最も大事なのはこの瞬間にどれだけスピード感をもって大胆な政策が取れるかであり、将来のことまで同時に考える段階にはないと筆者は考えている。そこに予算を振り分けるのはまだ先の話であり、今回は現状を少しでも政策に全ての予算を充てるべきだ。
新型コロナウイルスの影響によって引き起こされた経済苦を理由に経営者が命を落としたり、企業が倒産したりしてしまう事例が現在進行形で増えている。東京商工リサーチによると、4月2日までに新型コロナ関連倒産は全国で17件発生した。政府は「V字回復」のシナリオとして、問題終息後の計画を立てているが、一度死んでしまった人が生き返ることはないし、倒産してしまった企業が元通りになる可能性は著しく低い。
V字回復というのは問題収束後に、問題発生前にいたプレイヤー(人・企業)がそのままの状態で経済活動に参加するときに初めて起こる現象だ。問題収束時に多くのプレイヤーがいなくなっていたり、体力を失っていたりしたら当然、起こり得ない。国民の多くは将来の景気よりも足元の生活環境に目を向けているだろう。
著者プロフィール
森永康平(もりなが こうへい)
株式会社マネネCEO / 経済アナリスト。証券会社や運用会社にてアナリスト、ストラテジストとして日本の中小型株式や新興国経済のリサーチ業務に従事。
現在は複数のベンチャー企業のCFOや監査役も兼任している。
著書に『親子ゼニ問答』(角川新書)。日本証券アナリスト協会検定会員。Twitterは@KoheiMorinaga。
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