「ブランク」や「ドロップアウト」は無意味ではない いま見直すべき、「採用の常識」とは?:「能力適合型社会」から「能力発見型社会」へ(5/5 ページ)
就職や転職の際に、多くの企業が重視するのが、その人材が社会や企業の求める能力や規範に合致しているかどうかという点だ。そのため、規範から外れていたり、「ブランク」や「ドロップアウト」の経験があったりする人が生きづらさを感じることも少なくない。ビースタイルホールディングスの調査機関「しゅふJOB総研」の所長を務め、「人材サービスの公益的発展を考える会」を主催する川上敬太郎氏は、こうした社会を「能力適合型社会」とし、一人一人の能力の方へ着目する「能力発見型社会」への移行を提唱する。
主婦・主夫期間も、お笑い芸人期間も“ブランク”ではない
私が所属する調査機関の「しゅふJOB総研」では、“ブランク”と見なされてしまいがちな主婦・主夫業期間に磨かれた能力を「家オペ力(いえおぺりょく):家周りの仕事をオペレーションする能力の略」と名付け、その能力を発見するための演習ツールを公開しています。例えば、日々の料理一つをとってみても、毎日3食作れば1年で3×365日=1095食になります。家族4人分なら4000食を超える計算です。また、料理を作る中で献立を考える「企画力」や忙しい中で3食を作り上げたり片付けたりする「段取力」、1年間休まず作り続ける「実行力」なども、主婦・主夫期間には磨かれているはずです。
最初に紹介したお笑い芸人の方の場合、20年近くにわたる芸人としての活動期間中に無数のネタを考えた「企画力」や、どんな情報がちまたで流行っているのかを調査する「リサーチ力」、ネタとして披露する「表現力」「プレゼン力」などが磨かれているはずです。しかも、それらをプロとして観客に見せていたとなれば、そのレベルは突出しています。
このように、サラリーマンとして働いていなくても、その期間で身についたはずの能力をブランクという言葉一つでないものにしてしまっては、才能を埋もれさせてしまうだけです。それは、個人から活躍の場を奪うだけでなく、社会においても、人の持つ“才能”という貴重な資源・財産を無駄に捨ててしまっていることになります。
「君たちには無限の可能性がある」――これは、今は亡き小学校時代の恩師がよく口にしていた言葉です。人生には良いときもあれば、そうでないときもあります。自信を失ったり落ち込んだりしたとき、いまだに恩師のこの言葉に励まされます。
「ない」より「ある」へ目を向けよう
今の社会は、能力適合型の傾向が強いように思います。その傾向は、企業が採用したり人員配置したりする際にも色濃く表れています。しかし、社会に求められる能力に適合させようとすると、どうしても“ない”ものの方に視点が行きがちです。社内に人材がいないと嘆く声の多くは、ここに原因があるのではないでしょうか。
一方、人が持つ可能性の方に目を向けることができれば、視点は“ある”ものの方に置かれます。コロナ禍の影響で今は下がり気味の有効求人倍率ですが、経済活動が活発化してきたとき、再び人手不足感が強まっていく可能性があります。そのときに“ある”ものを発見して能力を生かす方向へと考え方をシフトできていれば、採用活動をより優位に進められると思います。
企業の採用活動が変わっていけば、社会の価値観も変わっていくはずです。あるいは逆に、社会の価値観を能力適合型から能力発見型へと移行させていけば、企業が行う採用活動などの常識が変わっていくのかもしれません。鶏が先か卵が先かは分かりませんが、能力適合型社会から能力発見型社会への移行は、人がより幸せを享受でき、またさらに企業が発展していくために通るべき道なのだと思います。
関連記事
- 「人材派遣」は“不遇な働き方”は本当か? データと資料が解き明かす、知られざる実態と課題
2019年、就活サイトの内定辞退率問題で注目を集めた「人材サービス」だが、今その公益性が問われている。しかしながら、ひとくちに「人材サービス」といっても、その実態はなかなか分かりづらいのが現状だ。今回は、誤解の多い人材派遣について「人材サービスの公益的発展を考える会」を主催し、「人材サービス」に詳しい川上敬太郎氏が解説する。 - 同一労働同一賃金が招く“ディストピア”とは?――「だらだら残業」だけではない、いくつもの落とし穴
2020年から開始する「同一労働同一賃金」。期待を集める一方で、「だらだら残業」を助長したり、短時間で働く人の負担になったりと、さまざまな「落とし穴」も潜んでいるという。しゅふJOB総研所長を務め、労働問題に詳しい川上敬太郎氏が斬る - 話題の「社員PC監視ツール」がテレワークを骨抜きにしてしまう、根本的理由
テレワークで従業員がサボらず仕事しているかを“監視”するシステムが話題になった。テレワークは本来「成果」を出すためなら「働く場所」を問わない制度のはず。こうしたシステムが出てくれば、テレワークが骨抜きになってしまい、生産性を高める「成果主義」が定着しない、と新田龍氏は指摘する。 - テレワーク中にサボっていないか、日本企業が従業員を熱心に監視してしまう理由
テレワークで従業員がサボらず仕事しているかを“監視”するシステムが話題になった。テレワークは本来「成果」を出すためなら「働く場所」を問わない制度のはず。それなのに、なぜこうなってしまうのか。ブラック企業アナリストの新田龍氏は、海外のケースを引きながら、「サボり」に対する国内外の温度感の違いを指摘する。 - 課長の平均年収は932万円、部長は? 外資との「格差」も明らかに
日本で活動する企業の報酬状況が発表。日系企業と外資系企業合わせて679社が参加した。調査結果では課長職や部長職の平均年収も明らかになった。日系企業と外資系企業の報酬格差も合わせて発表し、特に役職者以上で顕著な開きがあった。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.