副業の優等生、JR九州が放置した「傾斜マンション」の罪:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/6 ページ)
JR九州が1995年に販売したマンションで杭工事の不具合があったと発表した。20年以上の間、住民からの訴えを否定し続けてきたのが実態だ。住民はJR九州のブランドを信頼して購入しただろう。真摯に対応するきっかけはこれまでにもたくさんあったはずだ。
2020年5月19日、JR九州は公式サイトで「弊社分譲済案件における杭工事不具合について」という短文の書面を公開した。1995年に竣工引き渡しを実施した分譲マンションで、杭工事に不具合があったという。25年前の案件で今ごろおわびとはなんだ。気になって調べたら、とんでもない瑕疵(かし)事件だった。JR九州ブランド失墜の危機だ。
鉄道は赤字、副業は成功、実態は不動産業
九州に住む人々にとってJR九州といえば鉄道事業者だ。その象徴的な存在は日本初のクルーズトレイン「ななつ星in九州」をはじめとする観光列車群である。テレビの旅行番組などで何度も紹介されてきたから、九州以外の人々にとって「九州の鉄道は楽しそう」というイメージだと思う。私たち鉄道ファンや旅行好きにとっても鉄道事業者である。
一方で、政治的、経済的な視点で見ると、JR九州は「副業の優等生」であり「奇跡の三島会社」である。33年前、大赤字の国鉄を分割民営化するときに、JR九州、JR四国、JR北海道は「自社努力だけでは黒字化できない」と予想された。そこで経営安定化基金を授けられ、その金利で赤字を埋める枠組みを作った。その中で、JR九州は積極的に異業種に進出した。マンション建設、コンビニ、ドラッグストア、飲食店などだ。
JR九州はこれら子会社の健闘が評価され、鉄道事業が赤字にもかかわらず東証一部上場を果たした。鉄道事業は2016年から黒字化されているけれども、これは上場にあたって経営安定化基金を組み入れたからだ。九州新幹線の20年分の使用料として繰り上げて支払ったほか、固定資産を圧縮して減価償却費を減らすなどで大幅にコストを削減した。
鉄道事業の実態としては、在来線区間のほとんどが赤字。5月27日には特に乗客が少ない12路線17区間を公表し、路線維持に向けて沿線自治体と協議する意向を示した。同日、熊本地震で被災し不通となっていた豊肥本線肥後大津〜阿蘇間を8月8日に運転再開すると発表。一方でその前日には、日田彦山線の不通区間についてBRT(バス高速輸送システム)転換の見通しが立った。17年7月の豪雨で不通になる以前から利用客数が少ない区間だった。
JR九州が路線の救命を選択する。それは経営努力である。経営努力は多角経営にも発揮された。JR九州の営業収益の構成比は、19年3月期連結ベースで、運輸サービスが40%、不動産・ホテルが19%、建設が8%、流通・外食が24%となった。営業利益では不動産・ホテルが39%となり、運輸サービスの42%に迫る。
JR九州はもはや不動産業、と揶揄(やゆ)される。これは褒め言葉だ。例えば大手私鉄の東急グループの売上高構成比において、交通事業は17.5%にすぎない。不動産事業、ホテルリゾート事業の合計は24.9%になる。東急グループは流通など生活サービス事業が57.6%に上る。JR九州は大手私鉄のセオリーをたどり、鉄道事業者から地域生活事業へコマを進めている。
関連記事
- こじれる長崎新幹線、実は佐賀県の“言い分”が正しい
佐賀県は新幹線の整備を求めていない。佐賀県知事の発言は衝撃的だった。費用対効果、事業費負担の問題がクローズアップされてきたが、これまでの経緯を振り返ると、佐賀県の主張にもうなずける。協議をやり直し、合意の上で新幹線を建設してほしい。 - JR九州が発表した「全路線の通信簿」から見えること
JR九州が2016年度の路線・区間別の平均通過人員を発表した。いわば路線の通信簿だ。JR九州発足時のデータも併せて比較できるようにしている。JR九州の意図は廃線論議ではなく「現状を知ってほしい」だろう。この数値から読み取れる現状とは何か。 - 新幹線札幌駅、こじれた本当の理由は「副業」の売り上げ
JR北海道は、当初の予定だった現駅案を頑固に否定し続けた。主な理由は「在来線の運行に支障が出る」「プラットホームの広さを確保したい」としてきた。しかし、真の理由は他にある。「エキナカ、エキシタショップの売り上げが減る」だ。JR北海道の10年間の副業を守るために、新幹線駅は未来永劫、不便な駅になろうとしている。 - 着工できないリニア 建設許可を出さない静岡県の「正義」
リニア中央新幹線の2027年開業を目指し、JR東海は建設工事を進めている。しかし、静岡県が「待った」をかけた形になっている。これまでの経緯や静岡県の意見書を見ると、リニアに反対しているわけではない。経済問題ではなく「環境問題」だ。 - 「電車通勤」の歴史と未来 ITとテレワークで“呪縛”は解けるか
新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが広がった。外出自粛から解放されたときにはどうなるか。それは「電車通勤」の在り方に関わる。長時間の満員電車が当たり前というのは“呪縛”だ。電車通勤が根付いた歴史を振り返ってみると……
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.