トヨタの決意とその結果:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
残念ながらリーマンショックまでの10年間、トヨタは調子に乗っていた。毎年50万台水準で増産を続け、クルマの性能を無視してまで工数を削っていった。しかし結果、リーマンショックの時は15%の生産ダウンで、4600億円の赤字を計上した。そこからカイゼンを積み重ねたトヨタは、コロナ禍にあっても四半期で黒字を保てるほどの強靭(きょうじん)化を果たした。
勇気づけられる決算のスピーチ
トヨタ首脳陣のスピーチと質疑応答を、筆者は新しく始めたYoutubeチャンネル「全部クルマのハナシ」のメンバーと一緒にリモートでシェアして見ていた。スピーチが終わった時「いやトヨタかっこいいね」「いいものを見せてもらった。グダグダなスピーチ(主に行政のコロナ対応)ばっかり見せられていたので、とても勇気づけられた」とひとしきり感想を述べ合った。それが普通の反応だと思う。疑う人は、少し長いが自分自身の目で確認して欲しい。リンク先の決算説明会II部の動画だ。
さて、第1四半期の結果はどうだったのか? 前年同期と比べると、連結販売台数が231万8000台から115万8000台と半減した。営業収益は7兆7212億円から4兆6007億円へダウン。営業利益に至っては7406億円から139億円に激減している。営業利益率は9.6%から0.3%。確かに凄まじい爪痕である。
しかしながら、われわれひとりずつの4-6月の生活はどんなものだったかを思い出して欲しい。1929年の世界恐慌は3年かかって景気が失速していったし、リーマンショックでさえ、2年越しでの収縮だった。しかしコロナでは、ある日突然巡航速度から速度ゼロへと急停止した。誰も受け身も取れていなかったし、準備も対策を用意する暇もなかった。その中で黒字決算が出ることなど誰も予想していなかったはずである。少なくともプロでこれを当てたら、むしろプロとしての常識を疑われるような結果だ。
トヨタの利益は薄氷を踏むようなギリギリのプラスだったことは事実だが、ここをプラスで乗り越えたことは大きい。もしも赤字であったなら、徐々に回復していく売り上げで、その穴を補てんしていかなくてはならない。筆者も一応経営者の端くれなので、赤字の埋め戻しがどれほど大変なことかは痛切に味わってきた。出血を止めるだけでも大変なのに、マイナスを埋める作業は、ただ普通に戻るためだけにする賽(さい)の河原の石積みのようなものだ。だからトヨタがこの環境下で微々たるものとは言え、黒字の結果を出したことの重さはよく分かる。
ヤリスが売れた、RAV4PHVが売れた、ハリアーが売れた。それらも大きな要因だが、それはたまたまではない。もっといいクルマづくりをコツコツと積み重ね、原価改善を営々と繰り返し、そういう総合力で、勝ち取った結果をわれわれはもっと評価すべきだと思う。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、Youtubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
関連記事
- 象が踏んでも壊れないトヨタの決算
リーマンショックを上回り、人類史上最大の大恐慌になるのではと危惧されるこの大嵐の中で、自動車メーカー各社が果たしてどう戦ったのかが注目される――と思うだろうが、実はそうでもない。そして未曾有の危機の中で、トヨタの姿は極めて強靭に見える。豊田社長は「トヨタは大丈夫という気持ちが社内にあること」がトヨタの最大の課題だというが、トヨタはこの危機の最中で、まだ未来とビジョンを語り続けている。 - トヨタの改革に挑む叩き上げ副社長
これまであまり脚光が当たることがなかったトヨタの「モノづくり」。ところが、潮目が変わりつつある。先の決算発表の場に河合満副社長が登場したのだ。河合氏は生産現場から叩き上げで副社長にまで上り詰めた人物。現場のラインに長年従事していた叩き上げならではの知見を生かした改革が今まさに生産現場で始まっているのだ。 - トヨタの大人気ない新兵器 ヤリスクロス
ついこの間、ハリアーを1カ月で4万5000台も売り、RAV4も好調。PHVモデルに至っては受注中止になるほどのトヨタが、またもやSUVの売れ筋をぶっ放して来た。 - ハリアーはアフターコロナのブースターとなるか?
多くの読者はすでにハリアーが今年の大注目モデルであること、そして売れ行き的にもとんでもないことになっていることをご存知のことと思う。7月17日にトヨタから発表された受注状況は、それ自体がちょっとしたニュースになっている。 - RAV4 PHV 現時点の最適解なれど
トヨタはRAV4 PHVを次世代システムとして市場投入した。世間のうわさは知らないが、これは早目対応の部類だと思う。理由は簡単。500万円のクルマはそうたくさん売れないからだ。売れ行きの主流がHVからPHVへ移行するには、PHVが250万円程度で売れるようにならなくては無理だ。たった18.1kWhのリチウムイオンバッテリーでも、こんな価格になってしまうのだ。まあそこにはトヨタ一流の見切りもあってのことだが。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.