イーサリアム2.0の足音 あなたが知らないブロックチェーン最前線:星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(3/4 ページ)
2020年8月4日、イーサリアム(Ethereum)の次世代版であるイーサリアム2.0の公開テストが始まった。イーサリアムは有力な暗号通貨であり、同時に有力なブロックチェーン技術のひとつだ。その技術の世代交代が始まろうとしている。
多様性、公共財を重んじる流儀で開発が進む
このように、イーサリアムが目指しているのは多様性を持つ生態系(エコシステム)だ。そしてもうひとつは、開発の成果物をオープンソースの公共財として誰でも使えるソフトウェアとすることだ。多様性のある公共財――これが最近のイーサリアムのコミュニティーでよく出てくる考え方だ。
オープンソースの流儀では、開発したソフトウェアを私たちの社会全体の公共財として誰でも利用できるようにする。この考え方は長い時間をかけてソフトウェア産業では当たり前の考え方として浸透しつつあるが、私たちの社会全体の中ではまだまだ少数派の考え方かもしれない。
それでもオープンソースは着実に私たちの社会を変えつつある。例えば私たちが日頃使っているデジタル技術の多くが、「オープンソース」の流儀で開発されている。インターネットの通信プロトコルやWeb技術中核にはオープンソースの成果物がある。私たちが使うソフトウェア開発に使われているプログラミング言語の多くがオープンソースで公開されている。スマートフォンやルーターなど多くのデジタル機器にはLinuxオペレーティングシステムが入っている。これらの開発は、ボランティアによる活動だけでなく、大企業や非営利団体に所属しながらオープンソース開発のためにリソースを割いている開発者が支えている。大きな目線では、社会全体の公共財への投資を大手テクノロジー企業らが行っている形だ。そしてイーサリアムもオープンソースで開発が進められている。
マネーゲームとは別の世界がある
暗号通貨としてのイーサリアムには巨額のマネーが流入し、残念ながらマネーに釣られてイーサリアム上の怪しげなトークンを売りつける事案も数多く発生した。例えば消費者庁が公開するWebページ「暗号資産(仮想通貨)に関するトラブルにご注意ください!」に情報がある。読者の皆さんも怪しい商法にはくれぐれも注意されたい。特に「仮想通貨や暗号資産というキーワードを持ち出して口頭で説明してなにかを売りつけようとする」商談や、有名人の名前を出す商談は危ない。前述のERC-20トークンの中にも怪しい商品は含まれている。イーサリアム関連だから怪しくないかというと、残念ながらそうではない。
そうした残念な現実がある一方で、イーサリアムの本質的な性質としてオープンソースの流儀に基づく技術開発プロジェクトとしての側面がある。この側面を見落としていては、ブロックチェーンが世の中をどのように変えていくのかが見えてこない。
大きなポイントは、(怪しいトークンを売りつける行為とは異なり)お金に結び付きにくいがイーサリアムのコミュニティーにとって重要なソフトウェア開発分野があるということだ。基盤技術がお金に結び付きにくいという問題を、イーサリアムのコミュニティーは「報奨金」と呼ぶ制度で緩和しようとしている。
イーサリアムのエコシステムで興味深いもののひとつがこの「報奨金」だ。イーサリアムの初期発行分を「イーサリアム財団」は資産として持ち、それを開発資金のための「報奨金」として配布している。イーサリアムのクライアントソフトウェアのような基盤技術に近いソフトウェアはビジネスとしての収益化が難しい。しかしクライアントソフトウェアには公共財としての大きな意味がある。そこでイーサリアムのコミュニティーから公共投資として開発資金を援助している形だ。
この報奨金の配分方法のひとつとして、米国のスタートアップ企業Gitcoinの「Grants」という寄付サービスが使われている。Quadratic Fundingと呼ぶ理論を適用し、独特のアルゴリズムで多くの人々が寄付したいと思うプロジェクトに対してより重点的に資金を配分する。こうした社会実験を行っている点も、イーサリアムのコミュニティーの興味深い部分だ。
イーサリアム2.0の完成までには長い時間が
イーサリアム2.0がテスト段階を終えて本番稼働を開始するのは2020年内といわれていたが、8月時点でトラブルを経験したことを考えると本番稼働は21年にずれ込むかもしれない。予定ではテストネットの段階は数カ月後程度で終わらせ、イーサリアム2.0を本番稼働する方向だ。
とはいっても、最初の段階のイーサリアム2.0は「フェーズ0」と呼ぶ段階で、ほとんど何もできない。イーサリアム2.0のシステムを構成する「ノード」にイーサリアムのトークン(額面は32ETH)を預託することで報酬がもらえる「ステーキング」の仕組みはあるが、送金やスマートコントラクト実行ができるわけではないし、開発が次の段階に進むまでは返金もできない。
開発者らは、イーサリアム2.0を現行イーサリアムと並行して動かしながら、数年をかけて次世代技術を育て、並列分散により処理性能を高めるシャーディング技術を完成させていく構えだ。計画が進めば、現状の数千倍以上の能力を発揮するとされている。この段階に到達すれば、社会インフラとしての利用にも耐える可能性がある。
イーサリアム2.0が本格的に動いて性能向上を果たすのは数年後になるが、それまでの間はどうするのか。実は解決策が用意されている。
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