TikTokがトランプ政権を訴えた理由:星暁雄「21世紀のイノベーションのジレンマ」(4/4 ページ)
トランプ政権がTikTokを追い詰めるのに用いたツール、TikTok側の反撃、そして過去にTikTokの「悪さ」とされてきた出来事などを検討していく。しかしトランプ政権のやり方は「ずさん」であり、TikTok側に反論、反撃の余地を与えている。さらに、トランプ政権が出した命令には合衆国憲法違反の疑惑も出てきた。TikTokが米国資本に買収されることが、既定路線となっているように報じている記事も見かけるが、それはどうだろう。現時点で先はまだ読めないと筆者は考えている。
核心は「安全保障上の脅威」だが……
この問題をもう一度、冷静に考えてみよう。
TikTokは市場で競争に敗れたわけではない。また現段階での材料では、TikTokが行った行為が特別に悪質で市場からの退場が必要とまではいえない。TikTokは米国のトランプ政権が中国に対して仕掛けた経済戦争の標的にされただけだ。
トランプ政権は、8月6日の大統領命令の段階では「プライバシーの脅威がある」と言っていたが、8月14日の大統領命令では「安全保障上の強い懸念がある」という言い方に変わった。プライバシーの脅威に関しては材料が弱かったということだろう。その代わり、TikTokには「安全保障上の強い懸念がある」と主張する。ティーンエイジャーが踊ったり歌ったりおどけてみせる動画を楽しむアプリに、安全保障上の強い懸念があるというのである。
トランプ政権が引き合いに出すのは、中国で17 年に施行された国家情報法である。この法律に従うと「中国企業は中国の国家のためにスパイ活動をすることになる」とトランプ政権は主張する。だが、これはTikTokに限った話ではない。
サイバーセキュリティも、安全保障(ナショナルセキュリティ)も「穴」があるやり方では守れない。もし中国の脅威が存在するとしても、たまたま目立っていた中国企業を1社ずつ名指しして排除していくやり方は有効な対処法といえるのだろうか。
トランプ政権は「中国企業外し」を次々と進めており、TikTokへの圧力もその一環と見られる。だが、TikTokに関する圧力のかけ方は特にずさんだ。その事が、TikTok側に反論の余地を与えているのだ。
米憲法が定める「言論の自由」に違反
もう1つの視点がある。TikTokを政府が強制的に閉鎖させることは、はたしてアメリカ合衆国という国の理念と一致するのだろうか。Matt Littele議員がおふざけをしてみせる動画や、17歳のFeroza Aziz氏がウイグル問題を訴える動画は、米国政府の命令で削除されなければならない内容なのだろうか。
100年以上の歴史を持つ人権/公民権団体ACLU(アメリカ自由人権協会)は、「TikTokとWeChatを禁止するな」と題した声明文を発表した。そこでは、TikTokのような表現のプラットフォームを「選択的に禁止」することは、「言論の自由を定めた合衆国憲法修正第1条に違反し、個人情報を悪用から守ることにはつながらない」と述べている。
TikTokはティーンエイジャーが踊ったり歌ったりおどけてみせる、どうということのない動画を楽しむアプリだ。新聞やテレビのような報道機関とは違う。だが、そこには人々の表現がある。表現の自由は人権の一部として憲法により守られるべきものだ。
もしTikTokに本当に問題があるのなら――例えば政治的主張の検閲があったり、プライバシー上の脅威があるのなら――すべてのアプリが守るべきルールを定めて規制した上で、表現の自由を守っていくことが行政が取るべきやり方ではないだろうか。
関連記事
- インドのTikTok禁止と表現の自由
インド政府が、動画投稿アプリTikTokをはじめ59種類の中国製スマートフォンアプリの利用を禁じた。インド政府の命令に従い、AppleとGoogleはスマートフォン向けアプリストアから問題とされたアプリを取り下げた。TikTokもサービス提供を中止した。この事件は、単なる2国間の対立というだけでは収まらない問題を含んでいる。インターネット上の人権――表現の自由――という新しい概念と、国家の利害とが衝突しているのだ。 - なぜ? 中国アプリTikTokに米トランプ大統領が異例の圧力
中国発の動画共有アプリ「TikTok」に対して、米国のトランプ政権が異例の圧力をかけている。圧力をかける根拠は、アプリが「プライバシーを侵害し、安全保障上の脅威となっている」というものだが、その証拠は見つかっていない。なぜTikTokが標的とされたのだろうか? - 「顔認識技術を禁止せよ」 黒人差別を受けハイテク大手の対応は?
米国で顔認識技術への批判が強まっている。IBM、Amazon、Microsoftが相次いで、警察など法執行機関への顔認識技術の提供を中止すると発表した。以前から顔認識技術は「人種差別、性差別を助長する」との批判があった。事件を機に大手テクノロジー企業が顔認識技術の提供中止に追い込まれた形だ。 - 木村花さん事件とトランプ対Twitterと「遅いSNS」
(1) 世界の国々はSNS(ソーシャルネットワーク)規制で悩んでいる。(2) SNS規制には副作用があり、複数の視点から考える必要がある。(3) 英国の提言の中で「SNSで議論を遅くする仕組みを作れ」という意表を突く指摘がある。複雑だが、重要な話だ。今こそSNS規制を考える時だ。 - Facebookのヘイト対策に「大穴」 〜ザッカーバーグの矛盾とは〜
米国で、Facebookにとって手痛い内容の報告書が公表された。報告書は、この2020年11月に米大統領選挙が控えている中で、差別問題やヘイトスピーチに対するFacebookの取り組みがまだ不十分であり、しかも「大穴」が空いていることを指摘している。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.