ビザ審査厳格化でも不十分な「中国スパイ対策」 日本の未来を揺るがす“経済安全保障”の大問題:世界を読み解くニュース・サロン(4/4 ページ)
政府が留学生などのビザ審査を厳格化する方針だと報じられた。中国などへの技術の流出が懸念されているからだ。日本の「経済安全保障」にとっては重要な動きだが、今回の対策では心もとない。日本では米国のような厳格な取り締まりができない。本気の対策が求められる。
中途半端で終わらせず“本気の対策”を
読売新聞の記事によれば、さらに経済安保対策として、NSSの経済班の人数を4人増やすことになる。もちろん予算の問題で仕方がないのは分かるが、あまりにも数が少ないと言わざるを得ない。ちなみに経済班は、総勢24人で幅広い問題を扱うことになる。経済班がカバーするのは、新型コロナウイルス感染症対策、サイバーセキュリティ、軍事転用可能な先端技術の管理、海洋資源の権益確保、デジタル通貨の対応、外国人・外国資本による土地取得への対応だ。とにかく幅広い。
経済班には度肝を抜くトップガン級の優秀な官僚が集まっているのかもしれないが、24人でこれらの分野全てを扱うというのでは心もとない。相手は人海戦術を使って徹底した工作を行う悪意ある人たちであることを踏まえれば、彼らがやれる範囲が限られているのは明らかだ。
しかも経済安全保障には民間の企業や大学、軍事や医療を扱う研究所などが絡んでくるため、普通のビジネスパーソンにとっても無関係ではいられない。今、日本学術会議が話題になっているが、中国が世界中で行っている「千人計画」をはじめとする200プロジェクトとも言われるリクルート戦略が、さまざまな日本の機関や組織に浸透しているケースもある。ちなみにこうしたリクルート作戦で、中国は日本などから知的財産や機密情報を吸い上げようとしている。その詳細については、この連載記事でも以前取り上げているので、ぜひご一読いただきたい(関連記事:日本でも堂々リクルート 中国の“人材狩り”に切り込んだ、豪レポートの中身)。
経済安全保障への意識を広め、国として対策の方向性を示そうとしていることは評価できる。しかし厳しいようだが、どれも中途半端で全く不十分だと言わざるを得ない。この分野は国民の生命財産にも関わる安全保障の問題であることを忘れずに、さらに議論を深めて本気の対策を実施してほしいものだ。
筆者プロフィール:
山田敏弘
元MITフェロー、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト・フェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)がある。テレビ・ラジオにも出演し、講演や大学での講義なども行っている。
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