電通「過労自殺」事件から5年 “命を削る働き方”がはびこる社会は変わったか:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(1/4 ページ)
電通の新入社員が過労自殺した日から5年。コロナ禍で在宅勤務が広がり、残業が減った企業がある一方、エッセンシャルワーカーは異常な働き方を強いられている。「人」をコストとして見る発想がある限り、長時間労働はなくならない。“不便”を受け入れることも必要だ。
「1日20時間とか会社にいるともはや何のために生きてるのか分からなくなって笑けてくるな」――。
2015年12月18日午前4時1分にこう投稿した24歳の女性は、その1週間後の12月25日のクリスマスに命を絶ちました。その女性とは、大手広告代理店に勤務していた高橋まつりさんです。
高橋さんは東京大学卒業後、電通に入社。本採用となった10月以降、業務が急増し、11月上旬にはうつ病を発症しました。発症前1カ月の残業時間は約105時間に達し、2カ月前の約40時間から倍増。肉体的にも精神的にも限界をとっくに超え、苦しくて苦しくて仕方がないのに、けなげに頑張り続けた末の結末が、過労自殺でした。
今日であれから5年――。新型コロナウイルスの感染拡大で、在宅勤務などが広がり、多くの企業で残業が激減しました。その一方で、私たちの生活を支える、医療・福祉、交通・運輸などで働く「エッセンシャルワーカー」が異常な働き方を強いられています。
10月30日に公表された「過労死等防止対策白書」によると、コロナ感染が急拡大した3〜5月に「過労死ライン」とされる週80時間以上の勤務をした人は、運輸・郵便業と医療・福祉で合わせて前年同期より2万人増えたことが分かりました。
過重労働に関わる労災請求は19年度全体で、脳・心臓疾患が936件。統計を公表し始めた00年度以来、2番目の多さです。精神障害は2060件と過去最多でした。また、労災認定された自殺は未遂を含め88件で、警察庁の調べでは「仕事上の問題」を原因とする自殺は、07年以降、毎年2000人を超えています。
中央省庁の国家公務員も例外ではありません(参考資料)。「2020年3月〜5月で最も忙しかった月の実際の残業時間は、100時間を超えた」と回答した人が約4割もいて、200時間、300時間超という報告もありました。
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