SKYACTIV-Xは見切り発車か確信犯か 最新のICTに熟成を委ねたマツダの強かさ:高根英幸 「クルマのミライ」(2/5 ページ)
小改良されたSKYACTIV-X。この新世代のガソリンエンジンについては、まだまだ伝え切れていない情報が多い。誤解や曲解、勘違い、無知ゆえの受け売りによる間違った情報も、巷(ちまた)にあふれている。
検証1 なぜSKYACTIV-は高くなってしまったのか
SKYACTIV-に関する評判で、最も多く耳にするのが価格の問題だ。同じ2リットルガソリンエンジンのSKYACTIV-G2.0を搭載した同グレードのモデルと比べて、単純に68万円高い。燃費にシビアなユーザーからは「この価格差は燃料代で元が取れない」とバッサリ斬られる発言が見受けられる。
燃費だけがエンジンの評価ではないが、今のご時世、分からなくはない。それに筆者はSKYACTIV-Xの発売前からプロトタイプに試乗したり、開発エンジニアと話をしたりしていた。その頃聞いていた話によれば、SKYACTIV-Xは、クリーンディーゼルのSKYACTIV-Dよりは安くなる、という話だった。
ところが、実際に発売されるとSKYACTIV-D搭載車よりも高く、文字通りトップグレードとして位置付けられたのである。
世界初の圧縮点火ガソリンエンジンというネームバリューだけでなく、実際に生産にはかなりのコストが掛かっている。
「高圧縮なエンジンなので、圧縮比のバラつきは最小限に抑えなくてはなりません。そのため燃焼室の加工は、これまでのエンジン以上に手をかけて精度を追求しています」(末岡氏)
具体的には、SKYACTIV-Gではバルブ回りのみ行っていたマシニング加工(工作機械による切削加工)による燃焼室の精密仕上げを、燃焼室の隅々にまで行っている。
ちなみに量産車のエンジンは、いわゆるスポーツエンジンであっても工作精度はコストとのバランスで定められている。そのためツーリングカーレースに参戦するマシンなどは、エンジンを再度分解して、加工精度を高めることが珍しくない。それによって各気筒のバラつきを極限まで減らし、出力や燃費の改善だけでなく耐久性も高めているのだが、SKYACTIV-Xは量産車の状態で、その領域に到達させているのだった。すべての精度がレーシングエンジンと同等とまではいかないだろうが、エンジンの細部に渡って高強度で高精度、軽量、低摩擦を実現するための工夫が盛り込まれまくっている。
また部品代がかさむのも、SKYACTIV-Xの生産コスト上昇の要因ではある。イートン製のルーツ型スーパーチャージャーは、ターボチャージャーより高価であるし、燃焼状態を筒内圧センサーでモニタリングして、燃焼モードの切り替えの見極めや、点火時期の調整などに利用しているのも特徴だ。今後、エンジンはより高度な制御により排ガスの管理をシビアに行っていくことになるだろうが、国産ガソリンエンジンでは筒内圧センサーを搭載したのは、このエンジンが初めてだろう。
1回の燃焼で3回の燃料噴射を行うために、燃料噴射の圧力もSKYACTIV-Gより3倍近く高く、ディーゼルのような高圧の燃料ポンプも必要となるため、当然コスト増となる。インジェクターも、従来のガソリン車用では圧力や噴射回数に耐えられないが、ディーゼル用のピエゾ式インジェクターを用いるのは現時点ではややオーバースペックであり、さらなるコスト増を招いてしまう。そこでマツダは従来のソレノイド式をベースに、コイルを二段に増設することで、強力かつ高反応なインジェクターを開発して搭載している。これは世界初の構造らしい。
そしてマイルドハイブリッドを組み合わせているが、通常のオルタネータ(交流発電機)をISG(モーター機能付き発電機)にするだけでなく、Mハイブリッドでは24V電圧の専用バッテリーを搭載している。それも大電流を高速で充放電するために、高価な東芝のリチウムイオンバッテリーSCiB(チタン酸リチウム二次電池)を採用しているのだ。
それと制御が複雑になると、当然のことながらECUも高性能にしなければ対応できない。従来のCPUを2個実装した、デュアルCPUのECUにより演算を分担することで、高速で複雑な制御処理を実現している。
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