「優秀な社員から辞める」自業自得──希望退職という名の”企業の自殺”:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/3 ページ)
希望退職を募る企業が増えている。「辞めてほしい人は居座り、優秀な人ほど辞めてしまう」と嘆く企業も多いが、希望退職の捉え方が間違っているのではないだろうか。
今回のコロナ禍で以前からあった希望退職制度の枠を広げた会社のトップがこのように話しました。
「会社を取り巻く環境は、極めて厳しい状況です。コロナの影響もあって、今後はますます競争環境は激化していくでしょうし、会社として厳しい決断を下すこともあるかもしれません。そのことは、社員にちゃんと伝えていくつもりです。でも、厳しくても冷たい会社にはなりたくない。『厳しいけど、みんなで頑張ろう!』と一丸になれる組織作りが、求められているんです」
この会社では20年以上の歳月をかけて、さまざまな「機会」を作ってきました。「他者から正当に評価される機会」「能力発揮の機会」「昇給の機会」「昇進の機会」「新しい仕事にチャレンジする機会」といった機会の一つに、「早期・希望退職できる制度」を設けています。
そして今回トップは、「リストラは絶対にしない」と社員に繰り返しメッセージを送り、社員の不安を軽減するための対話も繰り返し、その一方で「あくまでも本人の選択のひとつ」として希望退職の対象者を広げました。
コロナの影響が続く期間もいくつか想定し、それによって企業戦略のプランも分け、社員と協働する組織作りを続けています。そのような「経営」をしていても、やはり外で自分の能力を発揮したいと思う社員はいるし、その権利を奪うことはできません。退職する「卒業生」にも、「わが社で働いたプライドを持ち続けてほしい」という願いで、希望退職を拡大させたのです。
“Power in Organizations”──これは、米国の社会学者であり、経営コンサルタントとしても広く活躍したロザベス・モス・カンター米ハーバード大学経営大学院教授が提唱した理論で、「その個人が置かれた環境が、態度や行動を創り出す」という考え方です。
「近代資本主義を擁護する人も批判する人も、職務が人を作るという点では意見が一致している。アダム・スミスもカール・マルクスも、仕事での経験が人間の態度や行動を形作っていることを認識している。もしも、職務が人を創り出すとするなら、企業は現代の人間の生産者である」とカンター氏は説きます。
そして、行動や態度に影響を与える環境要因として、機会・権力(裁量権)・数(割合)の3要素を示しました。これらは独立に存在するのではなく相互に関連し、3要素を整えることができれば、個人の能力を最大限に引き出す職場になるとし、Power in Organizationsを提唱したのです。特に「機会がある」ことは、極めて重要です。「機会がある」ことでこそ、個人のモチベーションは高まり、逆に「機会がない」ことは、個人のモチベーションを低下させます。
つまるところ、希望退職を募って「辞めてほしくない社員から応募が殺到した」企業は、コロナなどなくても淘汰される企業だった。社員のモチベーションは慢性的に低く、会社へのエンゲージメントも低い、生産性の低い会社だった。たまたまそれが「コロナ禍」で顕在化しただけにすぎないのではないでしょうか。
さらに、階層組織では、上から見下ろすより、下から見上げる景色の方が「さまざまな局面」が見えるので、「コロナ」を言い訳に、年長者のリストラの手段として希望退職を募れば、若手は「自分もコストとしてしか見られていない」と思うし、「やがて自分も切られる」とやる気が失せる。年長者を雑に扱えば、企業全体の力もなえていくのです。
リストラで短期的に企業が救われたとしても、長い目で見ればアウトです。希望退職などと聞こえがいい言葉を使おうと使うまいと、リストラは「企業の自殺」に等しい。希望退職で会社が再建できると考える経営者の人たちには、ぜひともその先に何があるのかを教えてほしいです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)がある。
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