セルフレジ万引きが深刻化、米国では5人に1人が「盗んだことある」──対応策はあるのか?:石角友愛とめぐる、米国リテール最前線(3/3 ページ)
セルフレジの普及が進んでいる。店舗の生産性を向上するのに役立ち、消費者の待ち時間を下げるなど利点が多いが、その一方で「セルフレジ万引き」による商品のロスが増えている。小売店にとって、有効な対応策はあるのか? ウォルマートの事例などを参考に考える。
ウォルマートの万引き防止対策(2) レジエリアの抜本的レイアウト変革
ウォルマートは20年、本社があるアーカンソー州にある店舗に新しいレジエリアのレイアウトを実験的に導入したと発表しました。
アメリカのスーパーでは、コンベア式のレーンにレジ係が配置されているというレイアウトが何十年もの間定番となっていましたが、この新しいレジエリアではレーンが全て廃止され、とてもシンプルなデザインになりました。
広々としたエリアの端に34台のレジが並べられ、それぞれのレジに付けられたグリーンのランプが従業員や顧客に空きを知らせます。一見すると広いスペースにセルフレジがたくさん並んでいるだけのように見えるこのレイアウトですが、特筆するべきは、全てのレジがオープンになっていることです。実はこれらのレジはセルフサービスではなく、フルサービスのレジなのです。
この新しいレジで、顧客は良い意味で今までとは違う新しい体験をすることになります。
店長が「ここでは、『ホスト』と呼ばれる店員が新しいレジスペースの入り口でお客さまをお迎えし、全てのプロセスをお手伝いします」と述べている通り、顧客がレジエリアに入ると、待機スペースから「ホスト」が出てきて顧客をレジへ誘導するため、顧客は自分で空いているレーンを探す必要もないのです。
ホストは、セルフレジを利用したい顧客にはオープンレジを案内します。反対に、レジ係による会計を希望する顧客に対しては、従来通りのレジ打ちから袋詰めまでの対応を行います。
このような「ホスト」による会計補助作業の狙いについて、ウォルマートU.S.のイノベーション開発担当幹部であるジョン・クレセリアス氏は以下のように述べています。
「本来、個々のレーンにおける会計は単なる作業になりがちですが、このようにホストと顧客の対面型にすることで、そのやりとり自体が顧客と店員との間に関係性を生み出します。われわれは、会計を顧客にとってパーソナルな体験にしたいのです」
このように、顧客体験に大きく影響するレジエリアでのレイアウトと動線を根本からデザインしなおすことで、「ホスト」という新しい役職のレジ担当者が消費者により寄り添った形のサービスを提供できるようになります。
しかし、目的はそれだけではないと考察できます。例えば、レジエリアの入り口を一つに絞ることで、顧客が入り口を必ず通らなければいけなくなるため、店舗内に設置してあるカメラで、消費者のレジエリア内での行動に関する映像を集約しやすくなります。
また、今まで分散していたセルフレジの動線がきれいにまとまることで、店員の目がより行き届きやすくなります。さらに、店員によるヒューマンタッチを打ち出すことで、「ちょっとズルしよう」という意識により発生する万引きも減るかもしれません。
実際に、セルフレジでの万引きの多くが、最初から万引き目的で入店する人によるものではなく、セルフレジでの機械の不具合などをトリガーに、それを言い訳にして「誰も見ていないから少しくらいいいだろう」という出来心によって起こってしまうものだということも調査で分かっています。
その人間心理を理解した上で、店舗内で的確な技術導入を行うと同時に、店員の効果的な配置や役割を検証することが重要だといえるでしょう。
【編集履歴:2021年8月6日10時45分 初出時のタイトルを改めました】
著者プロフィール:石角友愛(いしずみ・ともえ)
パロアルトインサイトCEO/AIビジネスデザイナー
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。データサイエンティストのネットワークを構築し、日本企業に対して最新のAI戦略提案からAI開発まで一貫したAI支援を提供。AI人材育成のためのコンテンツ開発なども手掛け、順天堂大学大学院医学研究科客員教授(AI企業戦略)を務める。毎日新聞「石角友愛のシリコンバレー通信」など大手メディアでの寄稿連載を多く持ち最新のIT業界に関する情報を発信している。
著書に2021年4月発売の『いまこそ知りたいDX戦略』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、2021年3月発売の『経験ゼロから始めるAI時代の新キャリアデザイン』(KADOKAWA)、『いまこそ知りたいAIビジネス』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『才能の見つけ方 天才の育て方』(文藝春秋)など多数。
パロアルトインサイトHP:www.paloaltoinsight.com
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