“昭和モデル”を壊して静岡を変えたい わさび漬け大手・田丸屋本店の意思:地域経済の底力(1/4 ページ)
日本人の食生活の変化、さらには新型コロナウイルスの感染拡大によって、静岡名物の「わさび漬け」は苦境に立たされている。しかし、今こそが変革の時だと、わさび漬けのトップメーカーである田丸屋本店は前を向く。展望を望月啓行社長に聞いた。
静岡市内を南北に縦断する安倍川。駿河湾に注ぐその河口から35キロほど北上した山間部に、有東木(うとうぎ)地区はある。
人口151人、高齢化率58.9%(2021年6月30日現在)という小さな集落だが、日本の食文化を語る上で欠くことのできない場所である。なぜなら、ここが「わさび栽培発祥の地」だからだ。
今から400年以上も前、この地で自生していたわさびを湧水が出る場所に移植し、栽培したのが始まりとされている。徳川家康に献上された記録もある。ここから地場産業としてのわさび作りが広まっていった。
現在でもわさびの産出額は静岡県が日本一。農林水産省の「生産農業所得統計」によると、19年は41億円。長野県(7億円)、岩手県(2億円)を大きく引き離す。
このわさびを使った「わさび漬け」は静岡のお土産品として有名だ。江戸時代に行商人によって考案されたわさび漬けは、主に地元で消費されていたが、1889年に東海道本線の静岡駅が開業するとともに、瞬く間に全国に広まり、人気を博した。
それから約130年。わさび漬けは苦戦を強いられている。
「かつて日本人は白いご飯が主食だったため、米との相性が良い、わさび漬けを含む発酵食品は受けが良かったのです。ただ、米の消費量が最盛期から半減した今、ダウントレンドになっています」
わさび漬けのトップメーカー、田丸屋本店(静岡市)の望月啓行社長はこう述べる。同社の創業は1875年。その20年後に静岡駅での販売許可を得ると、一気に事業成長を遂げた。先に触れた、わさび漬けを全国区にした立役者である。また、現在、わさび漬けの容器は平樽が広く使われているが、これを考案したのも田丸屋本店である。しかし、バブル崩壊後の1990年代初頭から同社のわさび漬け販売量は減少の一途をたどり、現在はピーク時の40%にまで落ち込んだ。
そこに追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスだ。
「当社の売り上げ全体で、観光関連での販売が4割弱を占めますが、この1年で観光販路による売り上げは前年の半分もいっていません」と望月社長は苦々しい表情でこう吐露する。
しかしながら、コロナ禍によって課題が鮮明になり、進むべき道は見えたと前を向く。
“昭和のビジネスモデル”
課題としてあったのが、団体旅行客への過度な依存だった。
「長らく、大勢の観光客を相手にした商売を続けていました。この“昭和のビジネスモデル”が通用しなくなっていたのは前々から感じていましたが、コロナでそれが露呈しました。ここから抜け出すことが先決です」と、望月社長は自戒を込めて話す。
こうした昭和のモデルは、すでに平成が終わり、令和になっているのにもかかわらず、依然として残っていた。静岡市内にある田丸屋本店の工場は、団体旅行の定番コースになっていて、工場前の広い駐車場には大型観光バスが頻繁にやって来る状況だった。一昔前とは異なり、客数は多くはないし、工場見学しただけで何も買わずに帰る人もいる。けれども、受け入れる側の同社のオペレーションコストはほとんど変わらない。
高度成長期、バブル期の「作れば売れる」という時代を経験してしまったことが、抜け出せない一因になっていると望月社長は反省する。
「わさびは静岡が発祥の地ですし、日本原産の香辛料でもある。食材としてのコンテンツは強いです。ただ、これまでと同じようなやり方をしていては、収益の低下は避けられません」
今まさに、それを痛感しているところだ。
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