化石燃料から作る水素は意外にバカにできない:池田直渡「週刊モータージャーナル」(5/5 ページ)
新エネルギーに求められるのは、やはり環境負荷だ。しかし、そうやって理想の形を求めていくと、それ以外のアプローチが存在し得る話が徐々に見えてきた。それが意外や意外、褐炭ベースの水素というソリューションだったのである。
越えた壁と残る壁
というところでようやくプロジェクトの説明に入れる。今回の取材は、川崎重工と岩谷産業、それに電源開発の3社を中心としたスキームで、他にシェルジャパン、丸紅、ENEOS、川崎汽船などがジョイントして、オーストラリアの安価な褐炭で水素を作り、冷却式で液化水素化して、水素運搬船で日本へ運び、さらにそれを消費地へデリバリーするという大がかりなものだ。
発表のメインとなったのは、川崎重工による水素運搬船だ。液体水素タンクは、いわゆる魔法瓶構造で、二重壁の間を真空引きして熱伝導的に断熱し、放射損失は反射素材で防止するという極めて伝統的手法である。
川崎重工側から、例として挙げられたのは、100℃の熱湯をこのタンクに入れて、1カ月間放置しても温度は1℃しか下がらないという。何が言いたいかといえば、これはつまり輸送中は保冷のためのエネルギーがいらないという話である。
ということで、褐炭ベース水素の弱点がかなり克服されつつある。CCSと、水素ガスタービン発電での冷却、輸送中の保冷まではほぼ解決が付いた。残る2つの内1つは輸送そのもののコストなのだが、これを解決するのは輸送船の大型化と大量輸送なのだそうで、今回の商用実証船より大型の輸送船(冒頭のイメージ写真)を開発して、これを80隻ほどに増やせば大幅にコストが低減でき、天然ガスより少し高い程度に持っていける試算ができているそうだ。今後炭素税などが導入されて天然ガスにこれが課税されれば、価格は逆転し得るということになる。
最後の1つは、水素をエンドユーザーにデリバリーする部分。例えば水素ステーションだ。これはもう地道に拠点を増やし、そのためには充填(じゅうてん)に必要な資格制限などの規制を緩和していくしかないだろう(記事:やり直しの「MIRAI」(後編))。
ということで、まだまだ発展途上のプロジェクトではあるのだが、越えられないと思っていた壁をいくつか解決しつつあり、将来技術としての可能性はかなり上がったと考えられる。
もしあなたが「褐炭ベースの水素? ないない(笑)」と思っていたとしたら、少し知識を補正しておいた方が良いかもしれない。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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