45歳定年の波紋 「人材流動化」を生むのか、単なる「人材切り捨て」か:働き方の「今」を知る(5/5 ページ)
経済界で大きな話題を呼んだ「45歳定年制」。賛否両論だが、果たして本当に「人材流動化」を生み出すのか、あるいは「人材切り捨て」となるのか。悲しい結末に至らないためのカギを解説する。
しかし、全員がエリートコースの出世を目指すという前提条件を維持すること自体が厳しくなっている中、全員に成長を求めるこの雇用慣行を継続していくこともなかなか難しいだろう。そもそも日本以外の多くの国ではノンエリートが制度設計の基本で、エリートは例外の扱いだ。世の中全体で「もう横一線平等な処遇は無理なので、これからは格差のある働き方にするしかない」と受け容れなくてはならないだろう。その上で、採用段階から明確に「成果追求型幹部候補職」と「ワークライフバランス重視型無期雇用職」といった形に分けることなどが考えられる。
現状の仕組みのままだと、意欲もあって成果も出せるような前者の人材にはなかなか報いることができず、逆にマイペースでやりたい後者の人にとっては組織からの要求が過大で、いずれにせよ不満を抱かせることになってしまっている。同時に、出世や幹部を目指してバリバリ働く生き様が称賛され、エリートを目指さないのは「やる気がない」「落ちこぼれ」と目される風潮も否定すべきであろう。
個々人によって心地よい働き方はさまざまであるし、ノンエリートコースでも十分に幸福な人生を歩める社会であるべきだ。「格差を設ける」という響きだと嫌悪感を抱く人もいるかもしれないが、「各自の価値観に合った、多様な『働きやすさ』を実現する」という意図であれば納得されやすいはずだ。
「人材流動」が「45歳定年」を可能にする
また、45歳定年制を実践する企業側がメリットを一方的に享受するだけでは不公平である。相応の責任が果たせる企業だけが恩恵を受ける形にするべきだろう。例えば「どこでも食っていけるだけのスキルやキャリア」を意図して社員を育て、鍛えてきた会社だけが堂々と主張できる仕組みにするなどが考えられる。
かつてリクルートは「38歳定年制」などと呼ばれていたことがあるが、38歳で一律定年退職になるわけではなかった。強いプレッシャーを伴う仕事を通じて、社外でも広く通用するだけのスキルを培え、かつ38歳時点での退職金が高額になる制度設計により、健全な新陳代謝を図る仕組みを備えていた、というのがその真相だ。実際、30代後半から40歳くらいにかけてが管理職に昇進する瀬戸際の年齢であり、管理職に昇進できないまま「働かないおじさん」となるのを予防する、効果的な制度であったと考えられる。
45歳定年制を実現するには、単に就業規則を変更すれば終わりというわけではない。わが国の法制と雇用慣行自体を根本から見直し、企業も制度を改革し、労働者とわれわれ一般国民全てが意識を変革しなくてはいけない大仕事なのだ。その整備がない限り、単に45歳定年制だけを導入しても混乱するだけで、早晩崩壊することだろう。「45歳定年制を導入すれば人材流動化が起こる」のではなく、「人材流動化という土壌があってはじめて45歳定年制が実現可能になる」のだから。
関連記事
- サントリー新浪社長を叩いても、「45歳定年制」が遅かれ早かれ普及するワケ
サントリーホールディングスの新浪剛史社長による、「45歳定年制」の提言が波紋を呼んでいる。「サントリー不買」を呼びかける人も出ているが、ボコボコに叩くのは“正しい”ことなのか。筆者の窪田氏は……。 - なぜ、7割超の日本企業は「五輪・緊急事態」でもテレワークできなかったのか
遅々として進まない日本企業のテレワーク。緊急事態宣言下の五輪期間中でも、その実施率は3割を下回った。なぜ、この期に及んで日本企業のテレワークは進まないのか。 - 社員に「自己犠牲による忠誠」を強いる時代の終焉 「5%」がもたらす変化とは
企業が社員に「自己犠牲」を強いる時代が終焉を迎えつつある。背景にあるのは、企業と働き手の間にあるパワーバランスの変化だ。筆者は「5%」という数字に目を付け、今後の変化を予想する。 - テレワークで剥がれた“化けの皮” 日本企業は過大な「ツケ」を払うときが来た
テレワークで表面化した、マネジメント、紙とハンコ、コミュニケーションなどに関するさまざまな課題。しかしそれは、果たしてテレワークだけが悪いのか? 筆者は日本企業がなおざりにしてきた「ツケ」が顕在化しただけだと喝破する。 - それ、本当にブラック企業? 日本社会に誤って広がる「ホワイト企業信仰」が迎える末路
「ブラック企業」というワードの一般化に伴い、あれもこれもブラックだと指弾されることも。筆者は、そんな風潮に警鐘を鳴らす。そもそも「いい会社」って何だろう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.