M&Aで「離職者が急増」「旧出身社間の雰囲気が悪化」は、人事が解決できる:突然のM&A その時、人事がキーマンになる(3/3 ページ)
会社への不信感が生まれて離職者が増加、2社の価値観が融和せず、社内にしこりが残ってしまう──M&Aで起こりがちな問題を引き起こさないためには、「人事領域」での対応が欠かせない
「買収される側」の従業員とどのように対峙すべきか?
では、M&Aの対象となる従業員にどのようなメッセージを発信すればよいのだろうか。特に「買収」する側に立った際、「被買収企業」の従業員に対し、どのように接すればよいか。
「買収される側=劣った組織」のレッテルを壊す
通常、「被買収企業」の業績が「買収企業」に比べて劣る場合、「買収企業」の従業員にとって「被買収企業」は「あまり良くない組織(劣っている組織)」に映る。M&Aや組織再編では、一方の企業が他方の企業を上下の関係で見ようとすることは避けられず、そのような感情が知らず知らずのうちに被買収企業の従業員に伝わってしまうことがある。
被買収企業の従業員に変化を迫らなければならない以上、変化を迫る側(買収企業)の経営陣や従業員は「被買収企業の従業員をフェアに見ている」というメッセージを相手側に実感させることが重要だ。これは何も「無理に気を遣う(言いたいことを言わない)」ということではない。無理に気を遣かった発言や相手に過度に配慮した言動は、かえって組織の融和を遅らせる。
一般的に統合前の段階では買収側は取得できる情報が限られており、またスピード感を持って意思決定をしなければならないなどの複雑な事情から、M&A発表時点では「買収企業」の従業員が「被買収企業」の良さ(強み)をよく理解できていないことが多い。
そのため「買収企業」では、自社の従業員が「被買収企業」の従業員と接する前に、「被買収企業」の特長や良さ(強み)について丁寧に説明しておく必要がある。その上で「被買収企業」の従業員が、新たな行動基準や考え方を少しずつ受容できる方向に導いていくことが重要だ。
特にPMIフェーズに入ると、「被買収企業」の従業員は、日常業務の遂行に加え、さまざまな「考え方」「仕事の仕方」「スキル」を“新たに”習得することが求められる。日常業務を遂行しながら、買収側の仕組みや行動様式を理解するプロセスは、「被買収企業」の従業員にとって負担も大きく、「M&Aされなければこんなに大変な思いをせずに済んだのに……」という気持ちを抱きやすい。
この段階で「腹落ち」「理解」が不十分だと、「被買収企業」の従業員の不満が爆発したり、態度を硬化させたりすることになる。多くの場合、被買収企業の従業員の不満は表立った反発という形ではなく、暗黙の抵抗や面従腹背といった形で現れる。表面化しない抵抗は組織の融和において大きな障害となり、最悪の場合、無言のまま退職していく結果になる。
先の見通し、展望が分かるような説明を
M&Aの従業員コミュニケーションのプロセスで重要なことは、被買収企業の従業員に「新しいルールを理解し、慣れていくまでのステップとスケジュール」を提示し、「見通しを持たせる」「展望を与える」ことである。「買収企業」の従業員も「被買収企業」の従業員がさまざまな仕組みを理解するためには一定の時間がかかることをきちんと理解し、相手を受け入れようとする態度を取ることが重要だ。
被買収企業の従業員の「感情」は、「正論」でコントロールできるものではない。相手から「前向きな感情」を引き出すための第一歩は、「相手を理解しようとする姿勢と態度」が改めて重要となる。
まとめ
第1回では、M&Aにおいてなぜ人事が重要となるのか? を説明し、その上でM&Aの対象となる従業員の意識や感情に配慮することの重要性を述べた。さらにM&Aに際し、経営陣は従業員とどのようにコミュニケーションを行えばよいかポイントを解説した。
次回はM&Aを実際に検討していくプロセスに沿って、人事の観点からどのようなアクションが必要となるか解説したい。また、連載では今後「人事制度統合のポイント」「被買収企業の優秀人材をいかに辞めさせないか」などのテーマも扱っていく予定だ。
桐ケ谷優(きりがや まさる)
クレイア・コンサルティング株式会社執行役員COO。
1972年生まれ、慶応義塾大学文学部卒。人材ビジネス企業のパソナ、外資系コンピューターメーカーのデルにて 計 8 年間現場人事の経験を積む。その後、国内系人事コンサルティングファームを経て、02年クレイア・コンサル ティングに入社。総合商社、電機メーカー、エアライン、百貨店、ITベンチャーなど、幅広い業種・業界を対象 に人事制度の設計・導入や人材育成体系の構築等を手がけるほか、セミナー講演や雑誌への寄稿なども行う。
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