「常識」という呪い──パワハラ上司になぜ部下は反発できないのか:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(4/4 ページ)
「権利意識が強い社員はいませんか?」と題し、部下の「常識力」のなさがパワハラ相談の増加につながっているとした毎日新聞のパワハラ防止セミナーが炎上した。確かに上司から見て、「え? これがパワハラになるの?」というケースはあるだろう。しかし、こうした「常識」をわきまえろという圧力が、助けが必要な部下たちをより追い詰めることになる──。
以前、取材させていただいたA社では、1990年代初頭からパワハラなどの人権に関する問題に取り組んできました。
最初は、今でいうホットラインのようなものを用意し、社員の誰もが声をあげられる仕組みを作ったそうです。ところが、なかなか「声をあげる人」がいなかった。そこで、「トップに直接言える仕組みにした方がいいんじゃないか」と考え、週1回、社員が自分の行動結果と気になったことをトップに出すことを義務化しました。
しかし、これがまた、評判が悪く、ただの行動報告だけになってしまったといいます。
その後は、「何がパワハラか、何がセクハラか理解が進んでいないことに問題があるのでは?」という問題意識から社員教育を実施。社員たちの関心も高く、研修は大好評だった。ところが、今度はみんなパワハラに過敏になってしまい、ささいな上司とのすれ違いや、上司のちょっとした言動まで報告する部下が急増しました。
その後もあれこれと取り組み、最終的にたどり着いたのが、「円滑なコミュニケーションに尽きる」というシンプルな答えだった。パワハラなどの人権に関する問題を解決するには、日常的に円滑にコミュニケーションを図る努力しかない、と。10年がかりの本気の取り組みの最終章が、「パワハラ対策ではなく、パワハラが起きないような日常を作るしかない」という、実にシンプルな結論だったのです。
パワハラが当たり前だった昭和の時代にも、「常識」という呪いの言葉に涙した人たちはたくさんいたはずです。パワハラは「時代の問題」でないし、言葉だけの問題でもない。だからこそ、手間と時間を惜しまず取り組み続けてほしい。それが結果的に企業のためにもなるのですから。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)がある。
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