「常識」という呪い──パワハラ上司になぜ部下は反発できないのか:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(3/4 ページ)
「権利意識が強い社員はいませんか?」と題し、部下の「常識力」のなさがパワハラ相談の増加につながっているとした毎日新聞のパワハラ防止セミナーが炎上した。確かに上司から見て、「え? これがパワハラになるの?」というケースはあるだろう。しかし、こうした「常識」をわきまえろという圧力が、助けが必要な部下たちをより追い詰めることになる──。
人は雨にずーっとぬれていると、ぬれていることさえ分からなくなる。加えて、人には承認欲求があるため「どうにか認められたい」とパワハラ上司の奴隷と化してしまうことがある。
だからこそ、パワハラが起こらない職場づくりをしなきゃいけないのです。本当は苦しいのに、それを苦しみだと認知できない心の複雑な動きを理解しないことには、引き返すことのできない、最悪の事態に陥ってしまうのです。
パワハラは個人間で行われるものですが、私は「パワハラを生むのは組織の問題」と言い続けてきました。
なぜ、件の男性の同僚たちは「コテンパンに上司にやられている状況」を見過ごしてきたのでしょうか。男性の先輩の「お互いうまくやろう」という言葉の真意はなんだったのでしょうか?
「おまえも大変そうだけど、オレたちも大変なんだよ」と、自分たちも同じようにパワハラを受けていると言いたかったのでしょうか? 「おまえのやり方にも問題があるから、もう少しちゃんとやれよ」と、暗に彼にも問題がある、と言いたかったのでしょうか?
あるいは、ひょっとするとこの方自身もまた、「パワハラをパワハラとは認識できない」状況にあったのかもしれません。
社会の動き、会社の状況、一筋縄ではいかない人間の複雑な心理……。パワハラ問題にはそういったいくつもの要因が、極めて複雑に絡み合っています。
繰り返しますが、パワハラは個人だけの問題ではありません。会社、すなわち環境の問題であり、心、すなわち感情問題もある。
だからこそ、会社という組織で取り組んでいかないとダメ。「常識」という至極曖昧な言葉は、呪いの言葉です。むしろパワハラ対策は、その「常識」をとっぱらって取り組む課題です。
おそらくそれでもパワハラを完全になくすことなどできないかもしれません。しかし、パワハラを「部下の問題」ではなく、「自分たちの問題である」という危機感を持って、予防的な対策を取るべく組織で動かない限り、家族にとって自慢の息子や娘が、子どもたちにとっては尊敬すべき父親や母親が、うつや自殺に至らしめられる不幸を減らすことなどできやしないのです。
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