「常識」という呪い──パワハラ上司になぜ部下は反発できないのか:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(2/4 ページ)
「権利意識が強い社員はいませんか?」と題し、部下の「常識力」のなさがパワハラ相談の増加につながっているとした毎日新聞のパワハラ防止セミナーが炎上した。確かに上司から見て、「え? これがパワハラになるの?」というケースはあるだろう。しかし、こうした「常識」をわきまえろという圧力が、助けが必要な部下たちをより追い詰めることになる──。
「僕、パワハラに遭っていたんです。でも、渦中にいる時って、そうは思えないんです。変な例えかもしれませんが、ドメスティック・バイオレンスを受ける人の気持ちが分かるような気がしました」
これは以前、インタビューした男性がこぼした言葉です。そして、この男性の言葉こそが、人間が持つ極めて複雑な心の動きを語っています。
男性は30代。入社し最初の配属先の上司が、社内の改革派と呼ばれる人だったこともあり、自分の意見に耳を傾けてくれる上司のもと、彼は厳しい仕事の中にもやりがいを感じていたそうです。ところが、上司が異動になったことで事態は急変しました。
「人間ってホント不思議ですよね。徹底的に自分を否定されると、どうにかして認めてもらおうと思うようになるんです。新しい上司には、何をやっても、何を言っても否定される。みんなの前で怒鳴られることもあれば、部屋に1人呼ばれてチクチクと言われることもありました。それが悔しくて。なんで上司が変わった途端、こんなにも評価が変わるのか、全く納得できませんでした。
当時を思い出すと、とにかく何とか上司に怒られないようにと。いや、どうにか認めてもらおうとする自分がいて。よくドメスティック・バイオレンスを受けている人が、悪いのは自分だと言って相手をかばうと聞きますけど、僕もずっとそんなふうに自分を責めていたように思います。
そんなある日、たまたま大学時代の同窓会があり、その際に上司からパワハラを受けて自殺未遂を起こした同級生の話を聞いたんです。それで目が覚めた。自分はパワハラを受けてるんだって。その途端、それまでずっと自分にのしかかっていた重しが取れて。いろいろと考えた結果、転職する以外、今の状況を打破する方法はないと思いました。
周りに相談ですか? いや、していません。というか、できなかった。
コテンパンにみんなの前でやられることはしょっちゅうあったんですよね。でも、結構仲良くさせていただいていた先輩から言われたのは、『まぁ、お互いうまくやろう』という一言だけでしたから……。自分を見つめ直す意味でも、今の会社を辞める気持ちに変わりはありません」
さて、いかがでしょうか?
私は彼以外にも、不幸にも社内でパワハラに遭っていた人たちから、同様の意見を聞いてきました。
「毎日、会社に行くたびに、『おまえはバカか!』『小学校から行きなおせ!』とか言われると、上司に向いていた怒りが自分に向くようになる。俺は、そんなにダメな人間なのかって」
「自分だけが怒鳴られるわけですよ。周りもそれを見てるのに、何も言わない。中には『お前は期待されてんだよ』とか言う人もいる。そうすると、だんだんとパワハラをパワハラだって思えなくなってきてしまうんです」
──など。
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