賃金は本当に上がるのか? 安いニッポンから抜け出せない、これだけの理由:スピン経済の歩き方(5/6 ページ)
選挙戦が盛り上がってきたが、ビジネスパーソンが気になるのは、やはり「賃上げ」だ。賃上げを達成するために、各政党は目玉政策を打ち出しているが、その中でひときわ目を引く「謎の政策」がある。それは……。
毒にも薬にもならない
菅氏は官房長官時代から、日本が50年以上続けてきた「中小企業保護」の転換を狙っていた。最低賃金を段階的に引き上げて、業態転換も支援をしていく。つまり、「中小企業」というだけで「大丈夫? 困ったことない?」と過保護な親のようにチヤホヤするのではなく、「成長していく中小企業だけを応援する」という方針へとかじを切ったのである。
「そんなの当たり前でしょ」と思う方も多いだろうが、中小企業3団体などからすればこんな「裏切り」はない。中小企業が成長をすれば賃金は上がる、だから黙って政府は中小企業を支援せよ、が50年続けてきた暗黙のルールだからだ。
しかし、結局、最低賃金の引き上げを阻止することができなかった。中小企業3団体などが主張していた「最低賃金引き上げたら倒産だらけで阿鼻叫喚の地獄」というのは実は世界的に見るとまったく科学的根拠がない。ノーベル経済学賞を受賞した学者も、最低賃金の低い国が、給与を引き上げても雇用に悪影響を及ぼす証拠は存在しない、という論文を発表している。
だから、日本以外の先進国は着々と最低賃金を引き上げてきた。日本も遅ればせながら、昭和の経済理論から脱して世界の潮流を取り入れたというわけだ。
もちろん、中小企業3団体は黙って従ったわけではない。この屈辱的な仕打ちに対して、団体内部からは「政治への関与を一段と強めるべきだ」(読売新聞 2019年8月16日)といった声が上がったという。つまり、腹の底では「日本の中小企業を潰す極悪人・菅義偉」へのリベンジを誓っていたのだ。
そのような形で中小企業3団体とバチバチのバトルを繰り広げていた中で、菅政権は国政選挙で負け続けていた。コロナ対応でもボロカスに叩かれ、最後は国民から嵐のようなバッシングを受けて、菅氏は権力の座から引きずり下された。
さて、こうなるとどんな政治的力学が働くか想像していただきたい。中小企業3団体は「ようやく暗黒の時代が終わった」と胸を撫(な)で下ろし、菅氏が進めた最低賃金引き上げ路線の方針転換を狙うことは間違いない。
一方、菅政権からバトンを受け継いだ岸田政権としても、まずは衆院選で勝って政権を安定させないことには何も始まらない。そのため必要なのは、中小企業3団体からの力強い支援。そこで絶対に必要なのが、関係悪化の元凶である「最低賃金の引き上げ」という菅政権の目玉政策の「封印」だ。それは、「ご迷惑おかけしたヤツはもう干したんで、中小企業の皆さん安心してください」という和平の証でもある。
かといって、「賃上げ」は今回大きな争点となっている。そこで必要だったのが、現行の中小企業政策にほとんど影響を及ばさない政策だ。毒にも薬にもならないが、国民に対しては「なんとなく賃上げできそう」という“やっている感”を抱かせるようなものが望ましい。
それが、「賃上げに積極的な企業への税制支援」という謎の政策ではなかったか。
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