選挙カーで、大量のCO2を排出する“大罪” なぜ日本で「選挙DX」は進まないのか:2050年のカーボンニュートラルはただの「お題目」(5/5 ページ)
第49回衆院選挙は10月31日に投開票が行われ、激しい選挙戦を終えた。期間中、風物詩の「選挙カー」をうるさいなあと感じた人も多いだろう。テレワーク、ハンコ廃止など企業のデジタル化やDXはどんどん進むのに、なぜ選挙はこんなにも「アナログ」なのだろうか。海外ではネット投票やデータを活用した選挙戦略が目立つにもかかわらず、日本に「選挙DX」が起こらないのはなぜか?
日本で選挙DXが進まない2つ目の理由
日本で選挙DXが進まない2つ目の理由は、米国のようにデータを戦略的に活用していないことだ。先述の大統領選と日本の衆院選を比較すると明らかである。
12年の大統領選では、データサイエンティストがオバマ陣営の選挙対策本部長を務めた。16年にはトランプ陣営が、データ分析を専門とする選挙コンサル会社CAを採用していたことは先述のとおりである。
日本の選挙でデータを活用する意識に乏しいことは、組織体制から垣間見える。今回の衆院選で自民党の選挙対策委員長を務めたのは71歳の遠藤利明氏である。遠藤氏の経歴にデータ分析に関するものはなく、米国の事例とは対照的である。
筆者は、CDO ClubというグローバルのDXリーダーが所属するコミュニティに属していて、海外と日本のDXリーダーに会う機会がある。海外では半分ほどが女性で、年齢も千差万別であり、その組織にとってふさわしい人がDXのリーダーになっている印象がある。一方、日本では年配の男性役職者がとりあえず任されるケースが多い。日本のDXが遅れているこの要因は、選挙でも同様である。
SNSとデータサイエンティストで、今の日本は変われるのか?
では、SNSを戦略的に活用し、選挙対策委員長をプロのデータサイエンティストにすると日本のネット選挙が進むかというと、そんな単純な話ではない。
韓国や米国では個人がSNSで政治的な発言をするが、日本では個人が他人のコメントを閲覧するのみで、政治的な発言を控える傾向にある。米国では、経営者やミュージシャンなどの著名人が支持政党を公言したり、政権批判を表明したりするのが当たり前である。韓国でも、ここ数年、芸能人の政治的発言が話題になるニュースを見るようになった。
日本では今回の衆院選で投票を呼びかける動画CMが話題になったものの、個人による政治的発言はまだまれである。候補者が積極的にSNSで発信しても、有権者の反応が期待できないことに加え、SNS上に分析対象となるデータが蓄積されないことが予想される。
また、日本では、公約の良し悪しより、「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」の3つのバンを持つほうが有利であると昔からいわれている。地盤は業界や労組などの後援会の充実度、看板は知名度、鞄は豊富な資金源を指す。筆者は日本でアナログとデジタル双方の選挙活動の現場を経験する中で、現在も「3つのバン」が根強い実感がある。このような選挙では、データというエビデンスに基づいた公約をデジタルで発信するより、地元で先人の思いを受け継いたエピソードをアナログで発信するほうが効率的である。
韓国や米国のようなネット選挙を実現するのは、まだ時間がかかりそうに思われる。しかし、すでにコロナ禍でアナログの選挙活動が許されず、脱炭素社会に向けてカーボンニュートラルの実現を目指す時代に入ったのである。政府はそのことを認識せずに、企業と個人に対してテレワークの推進などを含むDXとカーボンニュートラルを要請したのだろうか。政治家にとってはただの「お題目」か。
20年の米国の大統領選で、オマリーディロン氏はテレワークで選挙活動を指揮し、デジタルな選挙活動が可能であることを証明した。今回の日本の衆院選では、候補者が新型コロナウイルスに感染し、選挙事務所でクラスターが発生している。アナログな選挙活動をすれば、このような事態を生むのは当然ではないだろうか。
また、アナログ中心の選挙活動は、選挙カー以外にも、選挙事務所での照明や空調の利用、ポスターやチラシの使用、全ポスター掲示場に各候補者のボランティアがポスターを貼る自動車の利用などでもCO2を排出している。デジタルな選挙活動であれば、CO2排出量を大幅に削減できることは明らかである。
政府は企業と個人に要請する前に、DXやカーボンニュートラルの実現を目指すための「お手本」を自らが示すべきではないだろうか。
著者プロフィール
柿崎 充(かきざき まこと)
DXサービスを提供するテック企業にてデジタル戦略を統括する傍ら、企業・行政組織のDXのリーダー(CDO:Chief Digital Officer/ Chief Data Officer)が集まるコミュニティCDO Clubにも参画し、グローバルでDXに関する調査・支援に取り組んでいる。2021年8月の横浜市長選挙にて選挙DXに取り組むと同時にアナログの選挙活動を経験した。菅義偉前首相と同じ秋田県湯沢市出身。
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