パワハラを「禁止」できない日本 佐川、守るのは加害者のみか:河合薫の「社会を蝕む“ジジイの壁”」(4/4 ページ)
パワハラによる自殺事件が後を絶たない。佐川急便では、パワハラの内部通報があったにもかかわらず、十分な対策が取られなかった。パワハラ防止法が施行されているのに、なぜこのような事件はなくならないのか──?
この会社では、“フォロワー”と呼ばれる斜めの人間関係を組織的に設けることで、パワハラ防止対策を行っていました。
きっかけは、パワハラと思われる事例でメンタルを低下させた20代社員の存在が浮き彫りになったこと。人事部長がトップに直談判して、フォロワーの仕組みを制度化させたそうです。
具体的には、年配の「人間的に評価の高い人物」を社内から数名選抜してフォロワーという役職につけ、フォロワーの業務に「社員一人一人の相談役となること」を明記。そして、フォロワーがあくまでも斜めのポジションから社員をサポートできるように、2つの部署を兼任させ、フォロワーの席の隣には、コーヒーメーカーを置き、ソファを置くことで誰もがいつでも集まれる場を作ったといいます。
フォロワーの存在は、怒られることに慣れていない社員たちの逃げ場となるだけでなく、執拗ないじめを監視するチェック機能も果たします。さらに、攻撃欲が強まっているような上司を見つけ、彼らの不満を受け止めることもフォロワーの仕事としているのです。
もっとも、最初からうまくいったわけではありませんでした。初めは社員がなかなかフォロワーに相談できず、相談役として機能しませんでした。
そこで、フォロワーが社員一人一人に必ず1日1回は話しかけることを徹底したとのこと。すると少しずつ、社内の空気がよくなり、今ではソファは誰もがいつでも集まれる憩いの場となり、社員たちから「お父さん」と呼ばれるフォロワーもいるそうです。
とはいえ、このフォロワー制度が機能しているのも、会社が「パワハラは自分たちの問題」と考え、「絶対になくそう!」という強い意志があってこそ。
人間ですから、一生懸命になればなるほど、部下を大声で叱責することもあるでしょうし、時間的に余裕もなく、精神的にも疲れていたら、ささいなことでイラつき、つい思いやりを持てなくなることもあるかもしれません。
それでも「人の問題を解決できるのは“人”」という共通認識のもと、“パワハラをされている”と感じている部下だけでなく、“パワハラをしてしまう”上司をも救う存在として、年配の社員の年の功に期待したのです。
河合薫氏のプロフィール:
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。
研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)がある。
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