ニチガス流「100点を目指さない、70点のDX」 社内システムのデジタル化が、“社外で売れる”DXにつながる:雲の宇宙船(3/3 ページ)
ニチガスは、エネルギー業界向けにクラウドによる業務・物流効率化システム「雲の宇宙船」を提供している。このサービスにより、同社はSaaS事業を新たに開拓。ガス会社の領域を超えて、数々のデジタルサービスをローンチした。その裏側を、事業責任者に聞いた。
松田: これも、当社のコールセンターの業務効率化がスタートなんです。通常、お客さまから問い合わせの電話が来ると、社内データベースを検索してお客さまデータを呼び出すのですが、複数のデータベースシステムがあった場合、それぞれのシステムで検索をかける必要がありました。これを1回で全システムで検索できるようにしたのです。すると、電話が鳴ってから応対するまでの時間が全体で1分短縮され、受電率も11%向上しました。
これは良いシステムだということになり、ニチガスサーチとしてサービス化しました。どれも最初は社内業務の改善であり、初期はお金もそれほどかかっていません。ライトに始めて、手応えを感じて機能強化するうちに、外部提供するサービスに進化したといえます。
決算報告書に載らないようなデジタイゼーションから始めてみる
小林: このプロセスで大切なのは、最初から100点を求めないことですよね。70点を許容するマインドがないと、低コストかつスピードを持って始めにくい。僕たちもお客さま企業とシステム開発を行うとき、期待値調整は細かくやっています。70点でもひとまず作って、可能性を感じたら予算を組んで機能強化していくプロセスを理解してもらう必要があります。
松田: よくないのは、100点・低コスト・スピードの全てを求めること。だからこそチャレンジできなくなる。そうやって古いシステムを使い続けると「2025年の崖」(※)が現実化しますよね。デジタル化は、ROIやKPIを気にせず始められるレベル感でスタートするのが理想。その中で手応えを感じたデジタル施策を強化していくのが良いのではないでしょうか。
※2025年の崖……複雑化・老朽化した既存システムを日本企業が使い続けた場合、2025年以降に最大12兆円/年の経済損失が生じる可能性があるといわれる。経済産業省の「DXレポート」で指摘された。
小林: 先ほどお話に出た地図アプリは好例ですよね。KPIを立ててデジタル化をするのではなく、現場の課題に対してその場で「こんなツールどう?」と提案してみるという。
松田: これは、最初のコストがほとんどかからないからこそできるんですよね。ROIやKPIを気にせず、企業の決算報告書に載らないようなデジタイゼーションでも、企業ができることはたくさんあります。
小林: それによって社員が成功体験を味わうと、デジタルの便利さを実感してファンになるので、「それならこんな機能は?」と現場から提案が出てくる。同時に社員のデジタルへの感度も上がり、DXの進展も早まるという好循環になりますよね。
デジタル化を一つ行ったら、どんなデータがつながるかを考える
松田: デジタライゼーションを目指すとしても、いきなり突飛なことをやる必要はありません。弊社も、社内業務をデジタル化したら他社からのニーズを発見できたので、その部分だけ切り取って横展開していった形です。まずは自分たちの業務をデジタル化して、それを一つ一つ切り分けて見たときに、外に売れるサービスやシステムが出てくるかもしれません。
小林: DXという言葉が普及し、多くの企業が「やらないといけないもの」と感じたのはプラスだったと思います。ただ一方で、デジタライゼーションをはじめ、ことさらにハードルを上げすぎている印象もある。そこで動きが止まるのは企業にとって一番のリスクなので、ニチガスのように小さなデジタイゼーションからデジタライゼーションにつなげた例は、モデルケースになり得ると思いますね。
松田: 大切なのは、社内のシステムやデータを横串でつなぐ視点です。DXが発展するきっかけは、企業内の各種システムやサービス、データを横につないだ瞬間です。単体のデータやシステムをいきなり切り出して外に売ってもなかなか収益源にはならない。雲の宇宙船にしてもニチガスサーチにしても、別々にあるデータやシステムをつないだことで価値が出て、社外に売れる商品になりました。
小林: デジタルの一番の本質はデータがつながることですよね。それがアナログとの大きな違いで、今あるデータがどこにつながるかを考える視点は必要だと思います。だからこそ、小さなデジタイゼーションでも一つ始めてみれば、それを既存システムやデータとつなげることで可能性が広がり、売り物になっていくかもしれません。
とはいえ、社内向きに行ったデジタイゼーションを、社外向けのデジタライゼーションへと発展させる上での「コツ」や「難しさ」もあるはずです。次回(後編)、これらについても教えてください。
本記事から考える、DXを推進するためのポイント
- 1、まずは決裁許可や報告もいらないような小さなデジタル化で、社内のデジタルファンを作る
- 2、100点を目指さず、70点から細かく軌道修正するプロセスについて社内で合意形成する。
- 3、デジタイゼーションを目指すには、新しいビジネスを描く前に、まず自分たちの事業や業務を見直す。
- 4、さらに、デジタル化を1個行ったら、横串でつながるものを探し価値を高める。
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