そんなに学歴フィルターは「悪」なのか マイナビ「大東亜」騒動で見落としがちな視点:「学歴不問」は「実力不問」ではない(2/5 ページ)
マイナビの失態で話題になった「学歴フィルター」。なんだかんだいって存在する「必要悪」ともいえる存在だが、筆者は今回の騒動で見落とされている視点があると指摘する。
そもそも「学歴フィルターの存在自体がどうしても容赦できない」という人に問いたい。仮に、あなたが人気大手企業の採用担当だとしよう。多忙な時期ゆえ、採用に専任で就ける人員はあなたしかいない。今年度は5人の採用をもくろんで募集したところ、全国から数千人もの応募が来た。応募者が多いこと自体はうれしいが、あなたは限られた期間とリソースの中で、そこから面接に進む数百人を厳選しなければいけない。どのように対処するのが最も効率的で、かつ優秀人材の取りこぼしが少ないだろうか。
1人当たり3分で応募書類を流し読みするとしても、それなりの時間がかかってしまう。民間企業は営利を求めて活動しており、フィルタリングのためだけに余計なコストなど到底かけられない。一方で、大まかなふるいをかけて効率的に選別する必要性もある。そこで出てくるのが学歴フィルターなのだ。
もちろん、世の中には学歴に関係なく、優秀な人材は存在する。しかし、その存在確率と、そんな人材に効率的に出会うためのコストを勘案しなければならない。
実際、とある会社において過去採用した人材の入社後の活躍と、入社時の選考項目について統計をとったところ、相関性が高く、判断基準として効果的な指標が「学歴」だった、と判明したケースがある。また、ある会社が新卒求人ナビサイトを立ち上げた際、当初はユーザー企業側が大学名で検索できる機能を設けていなかった。しかし、営業段階において大学名での検索機能を要望する企業があまりにも多く、ビジネスとして立ち上げるために方針を変更せざるを得なかった、というケースも存在するのだ。
ではなぜ学歴フィルターが「効率的な見極め手段」となり得るのか。企業側に問うたところで認めたがらないだろうが、学歴と同様に「採用で有利」だと認識されている、「体育会系」および「理系院卒」の学生との共通点から客観的にひもといていきたい。
なぜ「高学歴」「体育会系」「理系院卒」は優遇されるか
「高学歴」「体育会系」「理系院卒」の学生は採用で有利だといわれている。実際、ノーチェックで合格とまではいかないまでも、「ぜひ面接に呼んで話を聞きたい」という積極的な動機くらいにはなるだろう。では、彼らはなぜ採用側から優遇されるのだろうか。
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