マツダの世界戦略車 CX-60全方位分析(2):池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
前回はCX-60を題材にマツダのラージプラットフォーム戦略の内、6気筒FRというレイアウトの狙いと、多種多様に及ぶ車種群をどうやってフレキシブルかつ、効率的に生産するのかについて解説した。今回はそのシステムの発展性について解説するところから始めよう。
電制多板クラッチトランスミッションを新開発する必然
さて、今回そのパワートレインにもう一つ大きな変化があった。それは新型トランスミッションの投入。湿式多板の電制クラッチを組み込んだ8段トランスミッションである。これにはエンジニアリング的に大きな必然性がある。
マツダはこれまで、大排気量縦置きFR用のトランスミッションを持っていなかったので、いずれにせよ新規開発が必要だ。普通に考えれば従来のSKYACTIV-DRIVEの延長となる、トルコンATに丁寧なロックアップ制御を加えたものでも良かったはずだ。
なぜトルコンを使わず、湿式多板クラッチを使ったのか? その理由は明確だ。マツダはラージプラットフォームを「FRベースのAWD」に定義した。北米での勝負を前提にパワトレを全体的に高出力化した上で、安全性を確保しようと思えば、そこはAWDにした方が良いに決まっている。というか裏返せば、AWDにしなければ、トップモデルの高出力化が難しくなってしまう。
ところがベースはFRなので、後輪を駆動するのは造作も無いが、縦置きエンジンの後ろにトランスミッションを置く以上、パワトレからのアウトプットは、トランスミッションの後方にならざるを得ない。そのシステムでフロントに駆動力を伝えようとすれば、トランスミッション後端から前へ向けてプロペラシャフトを通さなくてはならない。
右ハンドルも左ハンドルも作らなくてはならないマツダの都合に加え、「人間中心」のスローガンの下、ドライビングポジションの大切さを強く主張してきたマツダが、今更「ドラシャがあるんでオフセットはご勘弁を」などと言えるわけがない。何が何でもドライブシャフトを前へ折り返すためのスペースを稼ぎ出さなくてはならない。
生憎ハイパワー化というテーマもあり、クラッチの摩擦面積はむしろ増やさなくてはならない。径の小さいクラッチやトルコンでそれが可能なはずもない。となれば多板化するしかない。こうして、AWD化と高出力化の両にらみを成立させつつ、径の細いトランスミッションケースを作るために、マツダは湿式多板電制のクラッチを組み込んだ新しいトランスミッションを開発・採用することになったのである。
これにより、エンジンのクランクシャフト、トランスミッション、リヤドライブシャフトまでを同軸上にレイアウトするパワートレインが成立したのだ。
これにてパワートレイン編は一応の結びとなる。次回はシャシー編を書いて、CX-60(というか何度もしつこいがラージプラットフォーム)の話はようやく語り終えることができる。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミュニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
以後、編集プロダクション、グラニテを設立し、クルマのメカニズムと開発思想や社会情勢の結びつきに着目して執筆活動を行う他、YouTubeチャンネル「全部クルマのハナシ」を運営。コメント欄やSNSなどで見かけた気に入った質問には、noteで回答も行っている。
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