マツダの世界戦略車 CX-60全方位分析(3):池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/4 ページ)
いったいマツダは新たなFRシャシーで何をしようとしたのだろうか? 存在を感じない道具を作るのはそれはそれでもの凄く大変なことで、それこそ値千金なのは理屈としてよく分かる。正しいのか正しくないのかといえば正しい。間違い無く正しいのだが、大衆に理解されるかは何ともいえない。
さて目次とインプレッション回から始まり、分析の1回目ではラージプラットフォームの戦略的狙いと生産改革を、2回目ではパワートレイン戦略を紐(ひも)解いてきたのだが、いよいよ3回目かつ結びの回となる今回はシャシーの話である。
FRシャシーで目指したもの
いったいマツダは新たなFRシャシーで何をしようとしたのだろうか?
と始まったところで、一度話が脱線する。ちょうど1年前、マツダのハンドリングを決めている、とあるエンジニアと包丁研ぎの話で盛り上がった。
筆者が、「丁寧に研いだ包丁でオレンジを切ると口当たりが違って、滑らかで美味い」という話をしたら、「いやいやそれスゴく分かります。先日、竹を断裁して、湯煎(ゆせん)でアク抜き後、3年自然乾燥した素材を、タタラ鉄素材の火縄銃の銃身を潰して作った特製のナイフで、削って箸(はし)を作ったんですが、その切れ味に鳥肌が立ちました」
「そうやって丁寧にハンドクラフトで作った箸で食事をいただくと、食材の味が全く違うんです。そして人の感覚の鋭さを再認識させられました。ハンドクラフトの箸を通して、道具を操る楽しさの本質に触れられました」と彼は言う。
本人がこの時の話がキーになっているとハッキリ言ったわけではないが、CX-60のプレゼン資料の「身体図式」の項目に、2ページも割いて、箸の写真が出ていた。筆者はこの写真を見て、ははーん、あの時の話だなとピンと来た。
つまりよくできた箸で、例えば大豆をつまむとする。それは多分トングでつまむのとはだいぶ違う。良い箸の先は人体の拡張であり、そこには「手と道具」という境界線が希薄である。箸という存在をあまり意識することなく、手でモノを掴(つか)むかのように、かなり無意識に使うことができる。
しかしトングは違う。本当に良いトングを使ったらもしかして感覚が違うのかもしれないが、そこらで手に入る量産品の安い道具は、明らかに身体の延長ではなく、何らかの異物を使って、オペレーションを行っている。「上手に使わなくちゃ」という緊張感が伴う。
件のエンジニアは、この道具としての存在感を消す箸のあり方を、良き道具と定義したのではないか? いわゆる仏教的に言うところの梵我一如、「宇宙の真理と自我がひとつに溶け合う」ことを目指し始めたと思われるのである。
んー、大変深い話で、個人としての筆者は、その話題で盛り上がれること請け合いだが、ビジネスの面からいってそれはどうなのかという不安は、もう聞いたそばからつきまとう。「存在を感じない道具を買ってもらう」ーーしかもこれまでの連載で説明してきた通り、マツダの都合とすれば高付加価値で。
存在を感じない道具を作るのはそれはそれでもの凄く大変なことで、それこそ値千金なのは理屈としてよく分かる。しかし茶道具の数寄者の世界である。侘び寂び過ぎて分かる人が少ない。
正しいのか正しくないのかといえば正しい。間違い無く正しいのだが、大衆に理解されるかは何ともいえない。一方でマツダは以前から「八方美人は止める。2%の人に熱烈に支持されるものが作れれば200万台売れる。だからそれでも十分成長できる」とも主張していて、それはそれで冷静で合理的でもあると思う。
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