「涙が止まらない」──破壊された街の3Dモデルに反響 衛星画像と「フォトグラメトリー」が伝えるウクライナ戦争:終戦記念日で考える「戦争」(4/5 ページ)
ウクライナとロシアの間で勃発した戦争が長期化する中、破壊された街の3Dモデルが公開され、Twitterで話題となっている。取り組みの経緯や狙いを東大教授に聞いた。
3D化完了は全体の1%以下 迫る“タイムリミット”
各所から入手した3Dモデルをセジウム上に少しずつ反映している渡邉教授。反映時には、SIE時代の経験を生かし、カメラアングルを分かりやすく設定したり、局所にズームする際には、建物全体のモデルを半透明にすることで細部を見やすくしたりするといった一工夫を加えている。
ただ、手作業でマッピングを進めているため作業に時間がかかる上、投稿されている3Dモデルもまだまだ数が少ない。ウクライナ全体において3Dマッピングが完了しているのは「全体の1%以下ではないか」と渡邉教授。建物の損傷が激しければ、破壊前の外形を手掛かりにすることができず、位置の特定がさらに難しい。
最近では、ウクライナ東部の都市を、ロシア側が整備・再開発し始めたとの報道もあり、渡邉教授は危機感を示している。開発に伴う撤去により、被害の痕跡が消去される可能性があるためだ。
3D化を少しでも前進させることが今後の課題となりそうだが、それでも有志の市民とともに作り上げていくプロジェクトの在り方には「ジャーナリズムの新しいかたちともいえる」(渡邉教授)と手応えも示す。手作業である点も「手動をコツコツ積み上げていく行程は『記憶の解凍』と似ている。作業を進める中で、ウクライナに“土地勘”が備わってくる。こうした“学び”がある点がとても重要。自動処理などを使って機械的にこなしてしまうと、アーカイブに携わる自分たちにとっての“学び”がない」(同)とも強調する。
「これほど衛星画像が広く出回った戦争は初めてではないか。だが、衛星画像のみでは、国家・企業の意向・忖度で情報がフィルタリングされており、“都合の悪い”情報は出てこない。これでは、結局のところ実態が分からなくなる。そこに個人の意思で作成されした3Dデータを組み合わせることで、多元的な記録・記憶を束ねる場所としてマップが機能するようになる。これが、特定のイデオロギーに対抗しうる『記憶の集合体』として、後世に生きていくパワーを持つ。これが大事なことだ」(渡邉教授)
プロジェクトの反響は大きく、中高生校に向けた模擬授業が実施されるなど、平和学習の教材としての活用も始まっている。8月には、NPT再検討会議が開催された、米ニューヨークで展示され、好評を得たという。
また、セジウムの運営元企業から有料アカウントの無償提供や、NECからは「ASNARO-2」のSARデータを提供されるなど、企業からの協力も増えている他、ウクライナの地元紙「ウクライナ・プラウダ」や「ニューヨーク・タイムズ」で取り上げられるなど、世界的な反響もある。
渡邉教授は「現代は情報が溢れ、次々に流れ去っていく時代。人々の関心の移り変わりも激しいが、ウクライナでは今も戦争が続いており、多くの人々が亡くなっている。世界では、他にも多くの紛争・戦争が起きてきた。終戦記念日にこのマップを見ることで、私たちが“たまたま”享受してきた平和の大切さを実感できるのではないか。この半年の経過をたどる場所として活用されれば、研究者としてとてもうれしく感じる」と語る。
プロジェクトの今後については「今後の戦争の推移に関わらず、恐らく、ずっと関わっていくことになる。大切にしたいのはプロジェクトを通して、ウクライナ現地をはじめとする世界中の協力者とのつながりが生まれたこと。人々のネットワークを育むことを軸に進めていきたい」と意気込む。
自身の研究については「『記憶の解凍』ではAIと人のコラボレーション、ウクライナのプロジェクトでは衛星画像やフォトグラメトリの3Dデータといった形で、時代に合わせて現れたテクノロジーを活用しながら、戦争の記憶を再表現してきた。今後も新しい手法をどんどん取り入れながら、時代に即した表現方法を模索していきたい」としている。
官公庁でも利用進むデジタル地図
市場調査を手掛ける渋谷データカウント(SDKI)の調査によると、デジタル地図市場は、2022年に218.1億米ドルの市場価値から、2030年までに623.9億米ドルに達すると推定されている。
米グーグルの「Google Earth」といった民間企業の取り組みだけでなく、近年は国土交通省が手掛ける、日本全国の3D都市モデルの整備・オープンデータ化プロジェクト「PLATEAU」(プラトー)や、仮想空間に3D化した“もう一つの東京”を構築するという東京都の「デジタルツイン実現プロジェクト」などのように、官公庁でも3Dモデルを使ったデジタル地図プロジェクトが進行中だ。
戦後77年が経過した。戦争経験者が高齢化する中、その記憶の継承が課題となっている。渡邉教授の研究において、テクノロジーは利便性向上のための活用にとどまらず、人々の過去の記憶を継承するという役割も担っている。このプロジェクトは、歴史の継承における、新たなテクノロジー活用の形を示しているといえそうだ。
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