DX人材の活躍の場はどこに? リスキリングだけでは賃上げが実現しない理由:人材投資をムダにしないために(4/4 ページ)
技術革新が目まぐるしく進む中で、リスキリング(学び直し)の重要性が叫ばれている。新しい知識や技能を習得することは重要だが、学び直しだけで本当に賃上げは実現できるのか。
ただWord・Excel・Eメールを習得した当時も、学び直しは必須とされたものの、あくまで職場の変化についていくために誰もが携えているべき最低限の技能としての位置付けであり、Word・Excel・Eメールができるようになったから、高い専門性が認められて賃金が上がるというものではありませんでした。
つまり、時代変化によって仕事で必須となる知識や技能を刷新するための学び直しとは、時代に取り残されないためのブラッシュアップであり、それだけで賃上げにつながるものではないということです。もちろん、中には学び直しによってデータサイエンティストやDX推進のプロジェクトマネージャーなどのスペシャリストとして活躍する人材が生み出され、賃上げにつながる可能性はあります。しかし、学び直しした人が皆そうなるわけではないのです。
活躍の場もセットで増やす必要がある
いま、学び直しの必要性が指摘されている知識や技能の一つがDXですが、学び直しでDX人材を増やすのであれば、職場でDXを推進する必要があります。もし職場のDXが進んでいなければ、習得した知識や技能を生かすことができません。
当然ながら、DXを進めるのであればペーパーレス化しなければなりませんし、職場環境がDX仕様になればテレワークがしやすい環境になっていくはずです。しかし、日本生産性本部の調査では22年10月のテレワーク実施率は17.2%に留まり、最初に緊急事態宣言が出された20年5月の31.5%から増加するどころか、減少を続けています。このような職場環境でDX人材を育成したところで、果たして活躍の場が提供できるのでしょうか。
かつて、ポストドクター(博士課程を修了した任期つきの若手研究者)を1万人規模で創出しようと施策を進めた際にも、社会の中に任期満了後の受け皿が足りないことが課題となったまま未だに解決していません。学び直しに1兆円の予算を投じてDXやAIの知識・技能を習得した人材を増やすのであれば、受け皿となる活躍の場もセットで増やす必要があるはずです。
それなのに、いつまでも職場が旧態依然としたままでオンライン化を進めずFAXで受発注していたり、テレワークに拒絶反応を示したりしているようでは、賃上げどころか活躍の場自体が提供されず、学び直しへの投資の多くがムダになってしまいかねません。
一方、既にいち早く全社員へのAI教育を始めたヤフーや営業職にAIの上級資格取得を促す大塚商会のように、学び直した人材を社内で生かすことを具体的にイメージして取り組みを進めている会社もあります。
学び直しへの投資を実効性あるものとし、さらに賃上げへとつながっていくような労働市場を創出するためには、学び直しした知識・技能が生かせる仕事自体を増やす職場環境の刷新や、そのためのビジネスモデルの転換を並行して進めることが不可欠なのです。
著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ4万人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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