「長時間の猛烈労働」要求 イーロン・マスク氏をまねても上手くいかない理由:望ましい人事戦略とは(4/4 ページ)
社員に「長時間の猛烈労働」を求め、受け入れられない社員に退職を迫ったとされるTwitterのイーロン・マスクCEO。強引な手法に非難の声が上がる一方、称賛する声も。氏の思い切った人事戦略をどう評価すればいいのか。
マスク氏は、時代を切り開く数々の事業を創り出してきた天才起業家です。そんな氏の思い切った人事戦略には、常人が到底及ばない凄みさえ感じます。
ならば、その人事戦略はあらゆる会社にとって目指すべきお手本と言えるのでしょうか。そうとは思いません。同氏の人事戦略が大きなリスクを抱えていることは、2つのポイントとして示した通りです。
また、日本では働き方改革が推進され、コロナ禍を機に世界中でテレワークの導入が進みました。働き方の多様化はいまや世界共通の潮流です。その点、全社員に長時間の猛烈労働を推奨するマスク氏のスタンスは、それを承知で働いている社員に不満はないとしても、時代の潮流には逆行していると言えます。さらに、もしハイパー人材でも長時間の猛烈労働を続けているうちに心身の健康を損なう可能性は否定できません。
大半の会社にとって望ましい人事戦略とは?
以上のように見ていくと、社員に長時間の猛烈労働を求める手法は、社員を過労に追い込むようなケースはもちろん、マスク氏が行う場合であっても人事戦略としては問題が多く、リスクも高くて、時代錯誤にさえ感じます。いまTwitter社が置かれているような再生フェーズや、誰もが成しえたことのない事業を創り出そうとする時などに、ごく一部の会社のみが大きなリスクを承知で取りうる致し方ない手法でしかありません。
大半の会社にとって望ましい人事戦略とは、社員に長時間の猛烈労働を求めないことを前提とする戦略です。4つのカテゴリーに当てはめると以下のようになります。
左上のハイパー人材には働き方改革も教育訓練も不要ですが、稀少人材だけにもし雇用できればラッキーで戦力化のメインとは考えない方が無難です。左下の根性適合人材に対しては、能力アップのために教育訓練が必要です。右上の能力適合人材には、長時間労働を回避できるよう社内の働き方改革を進めなければなりません。右下の不適合人材には、働き方改革と教育訓練の両方が必要となります。
マスク氏の思い切った人事戦略には、経営者としての鬼気迫る決意と覚悟を感じますが、その手法自体はあくまで過去を踏襲しているに過ぎません。それが“24時間戦えますか?”という言葉が流行した古き良き時代のノスタルジーを呼び起こし、長時間の猛烈労働を正当化するきっかけとなって時代を逆行させてしまわなければと願います。
著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)
ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ4万人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。
現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構株式会社 非常勤監査役、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。
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